おすすめ本(2) 「天の光はすべて星」(SF)


SFを読んだことがない人へ、自信を持って勧められるSFってのは意外に少ない。
でも、たぶんSFファンからすると「なんでこれが?」という感じかもね。

SFほど、ファンと一般の人のとらえ方が乖離している文学もないと思う。SFファンが「これはイチオシ!」という作品の大半は、一般人が読んでも何がなんだかわからなかったりする。SFを読むためには、「SF世界の決まり事」のようなものをすべて頭に入れて、「これはもう、疑ってはいけないのだ」と割り切って読むような、そういう感覚が求められたりする。特に、昨今のScience FictionではないSF小説なんかは、ね。

で、前にオレの関係しているとある集まりで「SFを読んだことない人におすすめのSFって何だろう?」という話題が出たことがある。そのとき、「これが一番、普通の人でも読んで楽しめる」というので出てきたのが、ハインラインの「夏への扉」だった。うむ、これはまぁ、多くの人は納得すると思う。時間ものだけど、それほど難しい理屈も出てこないし、まぁ常識的に納得できる無理のないストーリーであるし、「SFの明るい面」をよく伝えてくれている。他、ブラッドベリの「火星年代記」とか、まぁそういう誰もがうなずけるような名作の名前が挙がった気がする。

ただ、これらは確かに「SFの面白さ」を伝えてはくれるんだけど、どうも頭のどこかに引っかかる部分があるんだよね。それは、「なぜSFでないといけないのか」という部分が見えないから。要するに、面白いんだけど、それは別にSFに仕立てなくてもきっと面白い小説になっただろう面白さ、なんだな。「なぜSFなのか」という理由がもう一つ伝わらない。

なぜSFなのか。——それは、オレ個人でいうならば、「科学に対する狂おしいまでの想い」なのだと思う。宇宙だとか未来だとか原子だとか、そういうことを考えるとき、「ああ、知りたい、見たい、その世界へ行きたい」と胸がじりじりと恋い焦がれて張り裂けるような想い、それこそが「SF『でなければいけない』理由」なのだ。SF以外の小説でも、人を楽しませたり悲しませたりすることはできるだろう、だけどこの「あぁ、宇宙よ」と空を見上げて恋い焦がれる少年の心を和らげることは絶対にできないのだ。SF以外のものには。断じて。

子供の頃、マッドサイエンティストになりたいと心の底から思っていた。宇宙飛行士ではなかった、なにしろ体が弱くて無理なことは子供心にもわかっていたから。ならば、科学者になろう。そして自分のような人間でも乗れるような宇宙船を作ればいいのだ。——だが、中学高校と進むにつれ、そうした子供子供した想いは薄れていく。ふと気づけば星空を見上げることさえなくなってしまっていた。大人になるとはそういうことだ、誰しも心のどこかでそうやって言い訳しながら生きてきたんだ。心の奥底のどこか片隅に、かつての想いを埋み火として残していることさえ忘れたまま。

「天の光はすべて星」は、フレドリック・ブラウンの長編SF小説だ。この人、ミステリーなんかも書いてるんだけど、非常にトリッキーというか、アイデアの豊富な人で、どの作品もその意外なアイデアで楽しませるところがある。——ところが、この「天の・・」に関してだけは、そうしたトリッキーなアイデアは全くない。いや、SFらしいアイデアさえほとんどない。

これは、かつて宇宙飛行士を夢見て青春を過ごし、そして年老いていったある人間の、じりじりと焼け付くような「宇宙」への想いを描いた作品だ。奇をてらった仕掛けもストーリー展開も一切ない。60歳を超えた彼は、どんなことをしてでも、何が何でも宇宙へ行こうと、ありとあらゆる方策を考える。計画は動き出し、すべてが順調に運んでいく。だが——。もし、かつて一度でも「宇宙」に憧れた経験を持つ人間であるならば、この物語は涙なくして読めないと思う。あなたが、かつて「科学」というものに憧れ育った「科学の子」であるならば。・・なぜ、人はこんなにも宇宙に恋い焦がれるのだろう。なぜ、こんなにも宇宙に魅せられてしまうのだろう。その答え(いや、答えにはならないだろうが)が、ここにはきっとある。

たぶん、文学としての完成度とか面白さとかいうことであるならば、オレは一番に「アルジャノンに花束を」を推薦する。これは、SFという枠に入りきれないすばらしい小説だ。だけど、逆に言うならば、これはSFと呼ぶ必要のない、SFと呼ばなくてもよい、「すばらしい小説」なのだ。「すばらしいSF小説」ではないのだ。

もし、「SFなんて、あんな子供だましな下らない小説なんか読む人間の気が知れない」と思う人は、どうか一度、「天の・・」を読んでみてほしい。今や入手するのが難しいみたいなので、図書館などで探すしかないんだけど、「なぜ、人はSFを読むのか」がわかるんじゃないだろうか。

公開日: 金 - 11月 7, 2003 at 03:06 午後        


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