おすすめ本(17) 「14歳からの哲学」 (哲学書?)


これを哲学書のおすすめとしてしまっていいかは疑問なんだけど、「哲学する」ということの入門書としては一番じゃないかな?

・・おそらく、ごくふつーの人間にとって、もっとも縁のない、もっとも自分から遠い世界にある学問、それが「哲学」だろうと思う。まぁ、数学や物理学も縁遠いといえばそうなんだけど、でもなんとなく「こういうことを研究してるんだろう」ということは想像がつく。だけど、哲学ってのだけは、何をやってるのかさえ想像がつかない。そんなわけで、哲学ってものがこの世にあることに気づかない振りをして生きている人は多いんだろうと思う。

「14歳からの哲学」は、そうやって生きてきた人に読んでみて欲しい本だ。これ、14歳のための本ではないです。14歳という年齢は、実に微妙だ。人生についてとかを深く考えている子もいるし、全くのーてんきな子もいる。深く考えている子にとって、この本ははっきりいって物足りないし、考えてない子はそもそも読まない(笑)。ただ、考えてる振りをして生きてきてしまった大人が読むには格好のものと思うのだ。

この本では、「自分とは誰か」とか「生きることとは?」「死とは?」「人生とは?」「社会とは?」といったさまざまな事柄について、深く考えるためのヒントを書いてある。さすがと思うのは、「答えは書いてない」という点だ。このへんが、昨今のお手軽な人生論本と違うところだ。「これこれこれを知っていれば人生は大成功」なんてものはこの世にない。そもそも何を持って成功とするかだってわかったもんじゃない。金持ちになる。有名になる。女にもてる。健康で長生きする。出世して社長になる。歴史に名を残す人になる。人生の目標と思えるものはごまんとある。それらすべての大前提を打ち壊し、もっと根源的なところからすべてを考え直す。その一つの手引書の役割をこの本は果たしてくれる。

似たような本に「ソフィーの世界」とかがあるけど、僕は「14歳」のほうがおすすめだ。ソフィーは、哲学史の勉強にはなるけど、「哲学する」ということの勉強にはならない気がするからだ。——日本人の特徴なのかもしれないけど、僕らは「勉強する」ということは「知識を得ることだ」と勘違いして生きてきてしまった。「哲学を勉強する」というのは、さまざまな哲学者の考えを理解し暗記することじゃない。それは「哲学史」であって哲学じゃない。「14歳」は、そのあたりを根底からひっくり返そうと試みる。知識? それが何になる。外部から与えられた知識をただ積み上げて、それで何になる。そういうところからきちんと書いてある。

もちろん、欠点がないわけじゃない。まず、実に文章が説教臭い(笑)。ま、名目上は14歳の子供に教え諭すようなスタイルをとってるわけだからしょうがないんだけど、それにしてもぷんぷん臭いがするほど説教臭いんだよね。それと、かなり偏った考え方も見られる。例えば、これだけ「考える」ことの重要さを押し出しているのに、「哲学する」ということそのものを根底から見直そうとはしてないなかったり。ヴィトゲンシュタインのように哲学そのものを解体してしまえというほどの迫力が見られないのはちょっと残念だ。それと、けっこう引っかかったのが科学に対するとらえ方がかなり歪んでいる気がすること。この人、専門以外のことはかなり癖のある見方をしてたりする。

が。それはつまり、この本の筆者が、自分の脳内だけですべてを考えすべてを組み立てていこうとした結果でもある。この本は、外部から何かを持ってきて、さも自分のもののように見せるということをしない(・・っていっても、あちこち古典的な哲学の臭いはするんだけどね)。そして多分、「哲学する」というのはそういうことなんだろうと思う。「哲学の知識を教える」本は山のようにあるけれど、それは「哲学書」ではないだろう。この本は、そういう意味で「哲学しよう」としている本だ。日本でこういう本が出版され、しかもちょっとしたベストセラーになるってのはほんと珍しい。

ただし、これはほんっとの「哲学する入門」でしかないと思う。これを読んで「なるほど、哲学ってのはけっこう面白そうだ」と思って、カントの純粋理性批判だのを読むとぶん殴られるぐらいの衝撃を受けるはずだ。「考える」ということのレベルがあまりに違いすぎる。ハイデッカーでもいい、ショーペンハウエルでもいい、ヘーゲル・・はあまりにカビくさいから除けるとして、誰でもいい、歴史に名を残す哲学者の書いた本を一冊でも読んでみよう。——カントを初めて読んだのは、確か高校生ぐらいの頃だった。はっきりいって、皆目わからなかった。今でも多分、わからないと思う。が、少なくとも「哲学の深淵を覗き見た畏怖」ぐらいは感じとれたと思う。哲学という世界を知るということは、おそらくそういうことなんだろう。哲学するということのその深遠さ。考えるということのそのすさまじさ。その恐ろしいまでの深さを垣間見るところからすべては始まるんだ。真理に対し畏怖を抱けぬ人間に学問は理解できないのだから。

「14歳」は、そのための最初のステップとして格好の一冊だ。この本は「考える」という深い淵に続く川の浅瀬だ。少しだけ寄り道して、その浅瀬で遊んでみるのも悪くない。人生、少しは脇道に入ろう。入ってみたら実は行き止まりで、結局元の道に戻らなきゃいけなかったとしても、少なくともそれまでとは風景も違って見えるはずだよ。

公開日: 日 - 2月 15, 2004 at 04:34 午後        


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