おすすめ本(1) 藤沢周平(時代小説)


ネタがないときに、ちょこちょこと自分のおすすめ本を書いてみようと思う。
まずは、個人的に文章の師と仰いでいる藤沢さん。

藤沢周平という人の書く小説の、何がそんなによいのか。——まず、なによりも感じてほしいのは、その日本語の美しさだ。日本語とは、かくも美しい表現のできる言語なのだ、ということを氏の小説は伝えてくれるからだ。

正直いって、昨今の小説家の作品を読んでいて「文章が美しい」とつくづく感じることってなくなった。ストーリーテラーはけっこういる。面白いキャラクタを生み出せる人も、いる。けれど、悲しいまでに美しい文章を書ける人ってのは、そうはいない。藤沢さんは、そういう文章の書ける小説家だ。——最初にこの人の小説を読んだのは、初期の「隠し剣」シリーズだったと思う。始めの頃の氏の小説は、「うっわぁ・・」と退いてしまうぐらいに冥かった。自分の中に湧き上がってくる毒のようなものがたまりにたまっていて、それを小説という形にして吐き出さなければ自分は死んでしまう、そんな感じだった。「この人は、このまま書き続けていたら死んでしまうのではないか」と漠然と思ったのを覚えている。

もちろん、それは初期の作品だけで、次第に明るい小説も増えてきたのだけど、通奏低音のように何か暗い(というより、重い)ものがすべての作品の後ろにあるような気がする。そういうものが多い。重苦しいものや、物悲しい物語に、氏の文章はうってつけなんだな。彼は、英雄を書かない。常に下級武士や市井の人間に明かりを当てる。司馬遼太郎の小説がビルのてっぺんから下を徘徊する人々を俯瞰して見ているのに対し、藤沢さんのそれは、地べたを這うようにして生きる庶民から見上げるようにして描かれている。その視点が好きだ。

昨今の不況で、人生ってのは必ずしも死ぬまで上り坂であるわけではない、ということに気がつく人は多くなった。うまくいかないとき、つらいとき、失敗したとき、間違ったとき、そういうときに藤沢さんの小説を読むと泣ける。司馬遼太郎が「成功者のための小説」であるとするなら、藤沢さんは「失敗者のための小説」かも知れない。人生で成功できなかったすべての人に対し、藤沢さんの投げかける視線はとてもやさしい。

個人的に一番好きなのは「風の果て」という物語。下級武士から藩の要職へと駆け上がっていく主人公と、その若い頃の仲間の半生を綴ったもの。またエンターテイメントなものとしては「用心棒日月抄」が一番好き。そして、文章の美しさでは折り紙付きの「海鳴り」。このあたりがベスト3になるかな。——もし、「初めて読む」という人がいたら、文春文庫から出ている「暗殺の年輪」からどうぞ。初期の藤沢作品だけど、オレが「うゎぁ・・」と感じた冥さがよくわかると思うです。殺伐としたものは好きでないという人は、新潮文庫から出ている「橋ものがたり」などは、柔らかくてとてもやさしい市井小説です。

公開日: 木 - 11月 6, 2003 at 06:52 午後        


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