おすすめ本(14) 「バカの壁」 (新書?)
「新書」ってジャンルがあるのか?と思うけど、あると思うのだ、確かに。
最近読んだ中では、やっぱりこれが一番面白かったな。
よく考えてみると、不思議だよね「新書」ってやつ。いわゆる教養書とか実用書とかなのだろうけど、でも「新書」としかいいようのない独特の雰囲気を持ってる。専門書を買って読むほどではないけど、でもちょっと知りたいというような場合に、新書はなかなかオイシイものが揃っていたりするのだ。ただ、昔は確かに「安くて手頃なミニ専門書」だったけど、今はあまり「ミニ専門書」らしくないものが増えてきたように思う。昔は、名著と呼ばれるものが新書からずいぶんと誕生したものだ。思えば丸山真男の「日本の思想」も新書だったし、江上波夫の「騎馬民族国家」なんかも新書だった。
最近は、こうした「専門書にも大きな影響を与える新書の名著」といったものがあまり見られないのがちょっとさびしい。そんな中、最近で割と面白かったのが大野晋の「日本語練習帳」と、おなじみ養老孟司の「バカの壁」でありました。——ま、「日本語練習帳」は、日本語文法本のわかりやすいスタンダードといった感じで、特に見新しさはなかったんだけど、「とりあえず一冊」的な感じがよかった。ただ、敬語に大きくページを割いたりして、感覚が古くさいんだよね。大野先生はもうおじいちゃんだからしょうがないけど。
養老さんの「バカの壁」は、もうタイトルだけで成功した感じがする(笑)。いや、内容も面白かったけど、養老さんの本を今まで何冊か読んでいればだいたい想像がつくような話なので、ファンには見新しさはあまりなかったんじゃないか。が、この本が世間に与えたインパクトはでかかったようだ。その後、あちこちの怪しい記事を寄せ集めた週刊誌などではタイトルに「バカの壁」が使われまくりだったし(笑)。そういう、『これがヒットしたら、もうそればっか』みたいな感覚こそバカの壁じゃねーか、とかいう突っ込みはおいて、それだけ流行ったってだけでもたいしたもんだ。だいたい、堅苦しい新書で「今年の流行語大賞」にノミネートされた作品なんて初めてじゃないか?
この本のタイトル以外の良さ(笑)は、「主張がシンプルである」ということだ。しかも、それは実にそれまでの常識をひっくり返すような奇抜なもの(だがよく考えればもっとも正当なる考え)だ。例えば、この本の中心となる考えの一つにこういうのがある。
・我々は、「情報は常に変化している」と考えている。そして「自分は常に変わらない」と思っている。
・だが本当は、「情報は常に変わらない」。そして「自分が常に変わっている」のだ。それを逆に考えてしまっているところに「バカの壁」が生まれる。
こういう「自分の中でもやもやしていた部分が、その一文に触れた瞬間にすっきりと腑に落ちてくる」というものに出くわすと、「ああ、なるほど! これは面白い!」となるんだよねきっと。そういう「ああ、なるほどそうか」と思える文が、さしてページ数もない本書にいくつも出てくる。これはたいしたもんだよ。
ただ一つ、どうしても一言いっておきたいことがある。どうも最近、「こうすれば人生うまくいく!」みたいな人生論的な本がたくさん出ているんだけど、この本をそうしたものの一つとしてとらえてはならないと思う。表面的にざっと読んで、「決して変わらない自分」だのを知って「ああ、なるほど、そうだったのか。これで明日から営業にも役に立つぞ」みたいな読み方をされると、ちょっと違う気がするのだ。これは、実用書ではない。思想書なのだ。「役に立つ」から読むというのではない。たまたま読んで役に立つことがあるかも知れないけど、それはこの本の本質ではないはずだ。
「役には立たないかもしれないが、ものごとの新しい一つの見方を知る楽しさがある」ということを、もう少し世間的に理解されるべきだと思う。昨今、「役に立つ」ということが著作の一つの基準となってしまっている感がある。「これで明日から××がうまくいく!」みたいな売り方の本ばかりがベストセラーとなる。本書もその一つなのだとしたら、それはあまりに悲しい。エンターテイメントに「実益」を求めないで欲しい。「これはエンターテイメントじゃないだろう」って? 何をいってるんだ。漫画や推理小説といったものばかりがエンターテイメントと思っている人。「知的エンターテイメント」というものをもっと知りなさい。その手始めとして、この本はなかなか手頃だと思うよ。
公開日: 水 - 11月 26, 2003 at 04:42 午後