おすすめ本(3) 「喪服のランデブー」(サスペンス)


なんでこれなんだよぉ(笑)。絶対、傑作じゃないぜ。駄作だぜ。
でも、好きなんだよぉ、アイリッシュ。ウールリッチ。

世の中には「名作だがつまらんもの」もあるし、「駄作だがすばらしいもの」ってのもある。文学文学したリッパな作品が面白いわけではないし、まさに三文小説といったもののくせに愛おしくてたまらない作品もある。

ウイリアム・アイリッシュ、コーネル・ウールリッチは、まさにそんな「愛すべき三文小説家」だ。2つ名前を挙げたけど、これ、同一人物であります。よく「ミステリー作家」と呼ばれるけど、この人が書くのはミステリー(推理小説)ではない、と思う。なぜなら、推理する余地がほとんどないから。これはサスペンス。ドキドキハラハラしながらストーリーを読むというものであります。

アイリッシュ(こっちのほうがメジャーなのでこっちで通す)の作品は、洗練されたクールな文章とは正反対だと思う。都会を舞台にした点ではスタイリッシュな感じではあるのだけど、でもクールではない。いかにも二流の作家、という感じ。話の展開もけっこうこじつけっぽかったり、今ひとつカッコよくない。でもね、なんでかわからないけどとっても惹かれてしまうのです。カッコよくはないけど、なぜか引き込まれてしまうのです。

「喪服のランデブー」は、とある男の復讐の物語。——彼には、愛する恋人がいた。二人は毎晩、決まった場所で、決まった時間に逢った。彼にとって彼女がすべてだった。毎日毎日、彼女との時間だけが彼にとって生きるすべてだった。
 その夜も、彼は待ち合わせ場所に急いでいた。上空を低く小型旅客機が飛び抜ける音が聞こえていた。そして待ち合わせ場所に行くと、そこには人だかりがしていた。その中心には、かつて彼女だった残骸が転がっていた。——当時の飛行機というのは小型のプロペラ機で、窓が開いたそうだ。その窓から乗客が投げ捨てた空き瓶が、彼女の頭を直撃したのだ。
 彼は、人生のすべてをその瞬間に失った。それから毎晩、夜になると、その場所に彼女を待ち続ける彼の姿が見られるようになった。毎日、毎晩。事情を知っている町の人間は、彼をそっとそのままにしていた。そこで彼女を待ち続けることで、かろうじて彼の正気は保たれていた。——だがそんなある日、事情を知らない新任の警官が、毎晩立ち続ける彼を不審に思い、その場から追いやった。その日から、彼の姿は町から消えた。
 そして——。その日を境に、全米で連続殺人が始まる。殺された人間たちには何一つ共通点はなかった。だが事件を追い続けるある刑事は、やがて全く関連のない彼らに一つだけ共通点があることを見つけ出す。それは・・・被害者は全員、あの日、あの時間、あの町の上空を通過した旅客機の乗客だったのだ。

・・・ね? 読みたくなったでしょ(笑)。決して、スマートな話じゃない。主人公も、彼を追う刑事も、やぼったくてカッコわるい。だけど、なんだろうこの「なんとかして彼を済ってやりたい」と願う気持ちは。こんなことをしても彼女は帰ってこない。それで彼の気持ちが晴れることなどあり得ない。すべてが完了しても決して済われない復讐なのだ。それがわかっているのに、彼は自分を止めることができない。復讐することでしか彼は生き続けることができない。なんなのだろう、この悲しさは。

アイリッシュの作品は、こんなのばっかりなんだ。最初に読んだ彼の作品は「消えた花嫁」だったと思うけど、これは主人公と彼女がとある町で結婚式をあげ、宿泊した翌日に、彼女が消えてしまった、という話だった。式を挙げた牧師、立会人は「結婚式なんて挙げてない」と彼を初めて見るように証言する。ホテルのボーイ、立ち寄ったガソリンスタンドの従業員、すべてが「彼は一人だった」と断言する。彼女を見た人間は一人としていなかった。彼女がこの世に存在していたことを証明するすべての証拠が消えていた。彼女は、いなかった。そんな人間はもともと存在しなかった。彼以外のすべての人はそう考えた。誰一人信じてくれない中、彼は消えた花嫁を捜し続ける。そういう話。

なんというか、都会の中にたった一人で放り出された人間がアイリッシュの主人公なんだな。エクゼクティブであるとか、花形の職業であるとか、そういう華やかな都会の頂点にたつ人間ではないんだ。都会の底辺近くでちっぽけな幸せを見つけようとしている、才能もなく金も力もない、そういう人間たち。それがたった一人、都会のただ中に放り出される。そこに、何か自分と通ずるものがあったんだろうか。

正直、傑作と呼べる作品は彼にはないです。どれも、サスペンスの名作から見れば駄作、三級品のオンパレードだと思う。だけど、だからこそオレには愛おしくてたまらないのです。

公開日: 土 - 11月 8, 2003 at 03:43 午後        


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