おすすめ本(13) 「深夜プラス1」 (冒険小説)


おお、懐かしい。思えば冒険小説というすばらしいジャンルがあったのだな。
今や、そのジャンルの存在は風前の灯となっている感もあるけれど・・。

冒険小説。そうだ、そうなんだ。そういうジャンルが確かにあった。幼い頃、若い頃、血湧き肉踊るストーリィに眠れぬ夜を過ごした経験が君はないだろうか。冒険小説は、本読みの原点だ。あのドキドキワクワクする思い、それこそが生まれて初めて知る「読書の楽しみ」だったんだ。

冒険小説と一口に言っても、これは大まかにいって2つの系統に分かれると思う。1つは、古き良き冒険ロマン小説。「怪傑ゾロ」とか「スカラムーシュ」なんかもそうかな。あるいは歴史物でなくとも、「十五少年漂流記」とか「ロストワールド」みたいなのも含めていいかと思う。日本においても小栗虫太郎の「人外魔境」なんて傑作があったな。——この種の中では、個人的にはなんといってもバロネス・オルツィの「紅はこべ」が一番。かのフランス革命のさなか、処刑されるのを待つ貴族たちを救い出し国外へ逃亡させる秘密結社・紅はこべ団! キャーッ!と黄色い悲鳴をあげそうになる間一髪の救出劇が盛りだくさんだ。

そして、もう1つの系統は、近代の冒険を描いた作品群だ。戦争を舞台としたものや、サスペンス調のものとか。アリステア・マクリーンやジャック・ヒギンズ、ギャビン・ライアルといった名前がまず浮かぶね。これもまた、冒険小説。こちらは、れっきとした大人のための物語だ。この、もう一方の「大人のための冒険小説」の一番であり、すべての冒険小説の中で最高の作品こそ、誰が何といおうと「深夜プラス1」なのだ。

これはギャビン・ライアルの代表作にして冒険小説の最高傑作だ。かつては世界最高峰の、だがしかし今は酒で身を持ち崩したガンマン。かつては超一流であった男たち。その、自らの生き方を貫くための戦い。っくぅぅぅぅぅ〜っ、これでしびれなきゃ男じゃねーぞっ。これを読まずに死ぬぐらいなら男やめちまえ!ってなもんだ。

なんていうのかなぁ、最近、こういう冒険小説があんまりないんだよね。冒険小説というより、暴力小説とか、サスペンス小説とか、あるいは社会派小説とかになっちゃうんだよね。巨大組織との戦いとか、綿密な完全犯罪とか、テロとか。それは確かに冒険的な要素は高いんだけど、うーん、なんかちょっと違うんだよ。冒険がメインではないんだ。そこが「冒険小説になり得ない」部分なんだと思う。一時期、日本でも西村寿行とか谷恒生とか、冒険小説を書く人がけっこういたはずなんだけど、ふと気づけばそうした作品が今はほとんどなくなってしまったねぇ。

なぜだろう。それは、ひょっとしたら「のーてんきなでっかい嘘」を楽しめなくなってきたからではないだろうか。小説ってのは、結局、嘘っぱちだ。嘘をどれだけ楽しめるかということなんだ。が、嘘を楽しむには技術がいる。大嘘とわかっていながらその広げた大風呂敷を存分に楽しむ、それにはかなり広い度量が必要だ。重箱の隅をつつくような読み方では楽しめないのだ。

今、多くの小説は、「いかにリアリティがあるか」ということばかり評価されているような気がする。特にエンターテイメント系のものは、「リアリティがあるか否か」でふるい分けされてしまう。いや、もちろん作品をよりよくするのにリアリティは必要だよ。だけど、どこどこの組織の内情描写が正確でないとか、これこれの法解釈が正しくないとか、そういう物語の中心部分とは関係のない枝葉の部分であれこれいちゃもんをつけられ正当な評価がなされない、そういうことがないだろうか。逆に、そういう細かい部分まで詳しく正確に描写してあるようなものが、物語全体としては実はそれほど面白くないのに高い評価をされてしまったり。

もっと、あっけらかんとした大嘘の話をたまには読みたいのだ。「わっはっは、そんなわけねーだろ。でももっとやれー!」ってな話も、またいいじゃないか。そういう古き良き冒険小説の復権を、オレは願ってやまないのだ。

公開日: 土 - 11月 22, 2003 at 06:42 午後        


©