おすすめ本(9) 「密会」 (現代文学?)
戦後の文学者の中で一番!といえば、誰が何といおうと安部公房である。
その中でも「密会」は、オレの最高のお気に入りなのだ。
なぜ、大江健三郎がノーベル賞をとったのか。それは、安部公房が死んだからだ。オレは本気でそう思っている。「もうそろそろ彼にノーベル賞をやらなければ・・」とノーベル委員会は思っていたはずだ。まさか、安部公房があの若さで亡くなってしまうとは予想だにしなかった。慌てたノーベル委員会は、日本から次善の策として大江健三郎を選んだ、そういうことでないかと思う。
大江健三郎を貶めるつもりは全くない。オレもけっこうな数を読んだし、好きだ。だけど彼はやっぱり60〜70年代の小説家だと思うのだ。ノーベル賞を受賞する頃には、彼はほとんどまともな小説を書かなくなっていた(受賞後、また書き始めたけど)。ノーベル文学賞は「リタイアした作家に与える賞」ではないはずだ。——安部公房のすごいところは、彼は最後の最後まで小説を書き続けたことだ。しかも、彼の代表作はほとんどが晩年の作なのだ。いつまでも「壁」や「砂の女」が代表作と思っている人。もっと新しいのを読みなさいな。すごいから。「箱男」「密会」「方舟さくら丸」「カンガルーノート」と、彼は最後の最後まで彼の最高傑作を更新し続けたと思う。「デビュー作が代表作」なんて小説家が多い中、これはすばらしいことだよ。
そうした中でも、オレがなぜか強く惹かれてしまうのが「密会」だ。これは病院に強制入院させられた男と溶骨症の少女との物語。安部公房らしいわけのわからなさ加減がいい感じ。だけど他の作品に比べ、これだけは不思議とロマンチックだ。なんだろうな、この結末の溶けるようなやさしさは。悲しい結末なのに、愛しいのだ。体が溶け、やがて消えていく少女。そして「一人だけの密会を抱きしめる」男。切ないじゃないか。前衛小説(?)のくせに、なんでこんなに切ないんだ?
芥川賞が機能しなくなってずいぶんと経つ。今や「芥川賞作家」ってのは「『芥川賞』という肩書きで文化人然としてテレビに出まくる芸能人」になってしまった(と思わない?)。今、多くの世代にもっとも強く支持されているのは、芥川賞や直木賞とは無縁の村上春樹や江國香織じゃないか。考えてみれば、太宰治も三島由紀夫も無縁だったよな。であるならば、別にノーベル賞など、安部公房の評価には関係ないのかもしれない。既に、彼の作品は多く海外に翻訳され紹介されている。世界的に評価を得ている。それでいいのか。(でも、くやしいんだよ愛読者としては!)
(※・・とか書いたら、その後、江國さんは直木賞とってしまった。はっはっは)
安部公房は、前衛小説と呼ばれたり、SF小説とも思われたりする。ともかく分類不能なものが多い。だけどそれは、それまで誰も書かなかった世界を開拓している証しだろう。村上春樹にしても「ねじまき鳥クロニクル」や「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」なんかは安部公房がなければ生まれなかった気がする。更には筒井康隆から神林長平に至るまでの前衛的なSF小説群にしても安部公房がなければ受け入れられなかったんじゃないか。そういう、あらゆるジャンルにおける「文学の実験」領域に安部公房はでっかい仕事をなしたと思う。彼によって開かれた実験場に、後の小説家は安心して入り、実験することができた。そう思う。
安部公房は、前衛でありながら、その作品は実に読みやすい。すらすらと読める。なので、読んだことない人はぜひお試しを。「密会」をぜひ勧めたいんだけど、初めての人は短編集のほうがいいかな? どれもはずれはないので、新潮文庫あたりから出ているお好きな短編集を一冊ご賞味ください。
公開日: 金 - 11月 14, 2003 at 11:40 午前