「正直」と「正しい」と「よい」


正直であることと、正しいことは違う。正しいことと、よいことは違う。でも全部一緒になってる人、多いよね。

久々にまた「しゃべり場」話であります(笑)。今回は、「なぜ嘘をつくの?」ということで、子供の頃から何でも正直にいってきたという提案者が「自分は正直なのに、なぜ嫌われるの?」と訴えておりました。で、どんなふうに正直か?という話になって、出てきた例がこれ。

「中学のとき、友達が隠れて煙草を吸っていた。自分は嘘はいけないと思い、先生にちくった。そうしたら、そのことがばれて、友達がいなくなった」

・・そりゃ、当然そうなるだろ(笑)。そこで、「私は正直に先生にいったのに、なんで私が嫌われるの?」って聞くかふつー? ほんとにわからんの? 嫁、嘆息して曰く、

「先生に告げ口するのがなんで正直なのよ?」

ふつー、当然そういう疑問を持つと思う。ところが、発言者の彼女の頭の中では「正直=隠し事をしない=先生に話す」というのが当然のようにむすびついているようで、「自分は正直に行動した」ということを微塵も疑っていないようなのであった。「自分は隠し事が嫌いだから、母親にも彼氏にも、隠し事をしないでなんでも全部話す」というのだけど、「全部話す」ということが物理的に不可能であるということには気がついていないらしい。彼女のいう「全部話す」は、「自分にとって『全部話した』と思えることを話している」に過ぎない、ということには思い至らないのだろう。

提案者の子の中には「正直」ということの行動のルールが全部出来上がっており、盲目的にそれを行なっていれば正直でいられると思い込んでいるようなんだ。「それ以外に正直さを表現する方法があるはずだ」という問題意識が欠落しているのだろうか。そこに、なんとも危うい正直さを感じたのでした。

「正直」ということは「正しい」ということとは違う。「正しい」というのは、常に「○○の点から見て」といった「正しいか否かをはかる尺度」が存在する。何かを測るためには、必ずその基準となる物差しが必要だ。——普段、僕らが「正しい」というとき、それは例えば「法律に反しているか」という尺度から見て正しいかだったり、あるいは「親や教師のいいつけを守っているか」という尺度から見て正しいかだったり、というものであったりする。正直というのは「嘘をついていない、隠し事をしていない」という尺度から見て正しいか、という物差しで測った結果であって、「正しさ」を測る多くの物差しの一つにすぎない。「正しい」には他にもさまざまな物差しがある。そして、時には異なる物差しによる「正しさ」が相反しぶつかってしまうことだってある。

例えば、「法律に従っているか否か」という、一般的にいってもっとも「正しい」という感じがする尺度にしても、「正直」とは異なる方向を向くことだってある。喩え「正直に言った」からといって、人の名誉を貶めるようなことをいえば、それは名誉毀損という罪になる。公務員や医者が職業上知り得たことを包み隠さずいってしまったら守秘義務違反となる。「嘘つきは泥棒の始まり」というけど、正直にいって犯罪者となってしまうことだってあるんだ。

そして。「正しい」ということと「よい」ということも違う。——番組中、ゲストの岡田斗司夫氏が「例えば、親戚のおじいちゃんがガンだったとして、回りはみんな『絶対にいうな、いうとがっくりきて死んじゃうかも知れない』というようなとき、それでもいう?」と聞くと、「いっちゃう」と答えていた。「その代り、責任はとる。一日中そばにいて、自殺したりしないように見はってる」と。自殺しなければ、いった責任はとれるという感覚は、一体、どこから生まれるのだろう。いわれた本人が死ぬまでの残り少ない日々をどんな思いで過ごすか。そのことを考えたら、他人の人生に「責任を持つ」なんてことを安易に口に出来るはずはないのと思うのに。

物事を「これこれすれば、こうなる。ああすれば、そうなる」と方程式でも考えるように頭の中で考えて「よし、これで解決!」と本気で信じてしまう人間というのは、きっと多いんだろうと思う。自分ではそんなことしてないと思っていても、知らないうちにそうやって人生や人間関係の答えを足し算や割り算で得ようとしていることってある。けれど、世の中にはすべての点において無矛盾にすむ出来事ばかりじゃない。正直であっても正しくないこともあるし、正しくても悪いことだってある。罪を犯すことが人を幸せにすることもあるだろうし、一番良いと思う道が最悪の結果を出すことだってある。

世の中のことは、1つの尺度だけで解決しない。そんなに人生は単純じゃない。そのことにどうか気づいて欲しいものだ。提案者の彼女は福祉の道に進みたいという。願わくば、彼女が実際に働きはじめるまでの間に、「正直さ」以外の物差しをいくつも手に入れられますように。(でないと、世話される人がかわいそうすぎるし・・)

公開日: 日 - 5月 2, 2004 at 06:11 午後        


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