ソフトウェア保護


「守る」というのは、一歩間違えると「弱める」ことになったりする。

もう一昨日のことになってしまうけど、「一太郎特許侵害裁判」の判決が出て、けっこう業界を騒がせているね。これは、松下電器が、一太郎に搭載されているヘルプ機能が松下の持つ特許を侵害しているということで訴えていた裁判。東京地裁は特許の侵害を認め、96年に出たver. 7以降のすべての一太郎と花子の製造販売の禁止と廃棄を命令した。——これは、ある意味、ジャストシステムという会社の息の根を止めるようなものだ。まぁ、ATOKという製品もあるけど、一太郎は利益の3〜4割を占めているそうだから、これがなくなれば経営は立ち行かないだろう。

もちろん、ジャストはすぐさま控訴して争うということなので、最終的にどうなるかはまだまだわからない。ただ、この判決の影響はかなり大きいだろう。なにが大きいかって、「日本の司法は、どうやらソフトウェア保護に対する態度を変えつつあるらしい」ということがわかってきたからだ。

実をいえば、この松下電器とジャストシステムの間の特許侵害裁判は、前に一度「ジャスト勝訴」の判決が出ているのだ。これは「ジャストホーム2」というソフトにおける、今回と全く同じ特許の問題で、ジャスト側が「特許侵害はない」ということの確認を求める裁判を起こしてた。これで、今回と全く同じ東京地裁が「特許の侵害はない」と認めているんだよね。——そもそも今回の特許は「ヘルプ機能のアイコンをクリックしてから、調べたいアイコンやボタンをクリックすると、その説明が現れる」という機能に関するもの。これが、ジャストホーム2では「ヘルプボタンは、アイコンとは認められないので特許侵害にはあたらない」となっていた。それが今回は「ヘルプボタンはアイコンであり、明らかに特許侵害と認められる」となっているのだ。

なぜ? 何が違うの? と思って調べたところ、ジャストホーム2のヘルプボタンは「?」マークだけが表示されていたので「?はただの記号だから、アイコンとはいえないだろう」と判断されたのに対し、一太郎のヘルプボタンはアイコンにマウスのマークを組み合わせたものになっていたので「これは明らかに絵文字でありアイコンだ」と判断されたのだ、という。——アホか。そんなんで「こっちはOK」「こっちはダメ」なんて決まるもんなのか? 表向きはそういう意見だとしても、内実は違うんじゃないのか。どう考えても、そんな莫迦げたことで判決が180度変わるとは思えない。どっかで「よりソフトウェア特許を強く保護する方向へ」と方針転換があったはずだ。

日本政府が「ソフトウェア保護」を言い出してからしばらくたつ。ソフトに関する特許の大半は米国が持っている。日本は、ソフトに関する多くの使用料を米国に支払っている。ソフトに関しては、完全な輸入超過なのだ。だから、日本製のソフトを作り守るための支援をしよう、ソフトウェア技術大国を目指そう、ということを考え始めたわけだ。その一環として、「ソフトウェアに関する特許をより保護する方向へ」方針転換がはかられたんじゃないか?

・・まぁ、これは僕の単なる憶測であって実際はどうなのかわからない。だが、もし「ソフトウェアに関するさまざまな技術を保護していく」ということを考えたとして、今回の判決により「ソフトウェア技術」をより守ることができたか?といえば、それは明らかにNOだ。なぜって、実際には何の製品も出していない、ただ「特許だけ持ってる」松下が勝って、一太郎という純日本製としてはもっとも成功しているワープロソフトを廃棄してしまうとしたら、逆に日本のソフトウェアをより貧しいものにしてしまうではないか。

「保護」というのは、場合によって「その対象を、より弱くする」ことになってしまう。例えば、日本の銀行がここまで足腰が弱くなってしまったのも、「護送船団」とまで呼ばれた旧大蔵省による「銀行保護」政策のためではなかったか。三菱自動車があれだけダメ会社になったのも、三菱グループというものによってずっと守られてきたからではないか。人間だって、「かわいい子には旅をさせよ」と昔からいうではないか。「守る」ということは、そのやり方を間違えると正反対の結果を引き起こしてしまう。

松下電器は、前にもソーテックを相手に同じ特許の侵害訴訟を起こしている。が、例えば同じ特許を侵害していると思えるマイクロソフトやNECやIBMといった大企業には訴訟は起こさないのだ。なんでか? 要するに、大企業は裁判などへの対応も万全であって、一流の弁護士さんとかを抱えていてかなり手強いのだ。更には、大企業とは他にもいろいろとつきあいがあるわけで、ご機嫌を損じてしまうのと他の商売に差し障りが出る。そこで、「手を切っても別に痛くもない」ようなところを相手に、まず裁判をするのである。もし勝って判決が確定したら、その確定した判決をたてに「え〜、こんなん出ましたけど・・」と大企業様たちの間を回って歩き、「特許使用料」をいただいて回るのだ。「一番弱い奴を相手にして勝ち、『お前の勝ち』というお墨付きで強い奴らからお金をいただく」というのが彼らの基本戦略なのだ。

そもそも、「ヘルプボタンをクリックしてから何かをクリックするとその説明が出てくる」なんてものに特許を与えること自体、なんか変だと思わないか? そんなん、誰だってちょっと考えれば思いつくだろうが。こういうのを見ると、前にあったカシオの「マルチウインドウ訴訟」というのを思い出すよね。ウインドウを重ね合わせて表示するというマルチウインドウに関する特許をカシオは持っていて、その特許侵害の裁判をしたんだけど、この特許の申請をする前に、米国では『Macintosh』が発売になっていたのだ。既に、マルチウインドウのOSを搭載したパソコンが他所では売られているのに「その特許はまだ日本では誰も申請してないから」といって申請し特許として認められる。なんか変じゃないか?(ちなみに、その裁判は当然カシオの敗訴になった。ま、当たり前やね)

米国では、もっと激しく「ソフトウェア特許を盾にした金の取り立て」が行なわれている。そのことが、ソフトウェアの発展に大きな障害となっている、という意見もある。むろん、新しいものを生み出した人間の権利を守るということは大切だ。だが、「本当に守られるべき相手は誰なのか」を考えない「保護」は、逆効果になることも忘れてはいけない。——僕は「一太郎」というワープロは大嫌いだし使いたくもないが、しかしこんなことで一太郎が世の中から消えるとしたらそれはあまりに情けない。日本の司法と日本政府よ、「守る」ということの意味をよく考えて欲しいぞ。

ちなみに、松下電器。今回の件で、プログラマ関係のけっこうな数の人間は、「もうお前のとこの製品なんか買わない」と思ったことを忘れないように。

公開日: 木 - 2月 3, 2005 at 11:39 午前        


©