年寄りのストーカー


・・だって、若いねーちゃんがいいに決まってるだろう。

もう昨日のことになるんだけど、ちょっと気になってたニュースがあった。それは「女子高生にストーカー行為をした70歳の男を逮捕」というやつ。これ、新聞なんかでも出ていたので見た人も多いと思う。どう思ったろうか。というか、世間ではどう評価されているのだろうか。

僕の第一印象は、「ぷっ」と吹き出す、という感じでありました。「まぁ、頑張ってるねえ、じーさんったら」という感じ。嫁の第一声はちょっと違っていた。「それ、病気とかじゃないの?」——といっても、「頭がおかしい」とかいうことではなくてね、要するに痴呆とかそういうので自分がまだ若者であるかのように錯覚してるとかじゃない?ということらしい。なんか、そういう映画が昔あったらしくて、それを思い出してたみたい。

だけど、世間の印象というのは、うちら夫婦のどちらとも違うものだったんじゃないだろうか。「年甲斐もなく」——これが多くの人の印象だったんじゃないか。テレビのニュースなどでも、基本的なスタンスはこういう感じだった気がする。「まったく、いい歳をして何を考えてるんだこいつは」的な感じ。そういう感想がごく普通だとするなら、ちょっとイヤだな、と思ったのであった。

世の中には「年寄りは恋をしない」という暗黙裡の決まりがある。そしてその裏返しとして、「恋愛は、若者のためのもの」みたいな感覚もあるように思う。特に若いうちは、「いい歳したおっさんやおばさんが愛だの恋だの、キモイよな」という感じがあるんだろうと思う。70歳になって女子高生をストーカーなんてなれば、ほとんど変態扱いされる。これが、例えば「70歳の老人が、68歳の女性をストーカー」とかになると、なぜか「まぁ、おじいちゃんったら」てな感じになったりする。要するに「年相応」なら別にキモイとはいわれないのだ。あるいは、たとえ70歳になっても田村正和なら変態呼ばわりはされないのである。「さすが田村正和」となるのである。——かの文豪ゲーテは、80歳過ぎても10代の少女に恋をしてプロポーズしたりしてたという話をどっかで聞いた。ゲーテなら、こういうのはオッケーなのである。名もないそのへんのじーさんだとアウトになるのである。

別に、ストーカーしたじーさんを擁護するつもりはまったくない。こういうのは悪い。が、それは「ストーカーした20歳の青年」と同じぐらいの「悪い」であって、70歳だからといって更に「キモイ」だの「年甲斐もない」だの付け足されるいわれはない。「スポーツマンです」といいながら集団で痴漢だの暴行だのをしていたどっかの運動部のバカ学生などのほうがはるかに下劣だろう。なぜ、年寄りだと性犯罪は必要以上に破廉恥扱いされるのだろう。

日本では長い間、「大人としての健全な肉体を持った者でなければ性に興味などは持たないのだ」という常識があった気がする。例えば、老人。例えば、子供。例えば、病人。例えば、障害者。更にいえば、女性全般もそうだったかも知れない。そうした人間は、性に興味のない、性においては聖者のごときものであるとされてきた。そういう境遇でそういうものに興味があるのはどっかおかしいのだ、という感覚があったように思える。そして、そういう感覚がまだどこかで抜けきれていない人というのは思った以上に多いんじゃないだろうか。その感覚が、僕の不快の根本なのだろう。

歳をとってもやりたいやつはやりたいのだ。だいたい性欲なんてのは人間の本能なのである。本能を「かくあるべき」などと統制できるわけがなかろう。——僕は現在40代、うちの嫁さんは30代後半になる。だが、今でもラブラブなのである。赤の他人にキモイなどといわれる筋合いはない。文句あっか。

公開日: 金 - 12月 10, 2004 at 02:27 午後        


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