弱者という暴力
・・というのが世の中にはあるのかも知れない。
インドネシア沖地震を中心とした大ニュースの片隅で、「島田紳助、復帰発表に時期尚早」といった記事が出ていた。——ご存知とは思うけど、島田紳助は、吉本の女性マネージャに暴力を振るい、罰金30万円の略式命令を受けている。で、活動を自粛していたのだけど、年明けから復帰すると発表をしたのだね。そうしたら被害者である女性の弁護士から、「まだ被害者は治療中なのに加害者が復帰するのは時期尚早だ」と批判された、ということであります。
これを見て、ちょっと妙な感じがしたのだ。事件が起きたのは10月25日。既に2ヶ月が経過している。報道などからして「何発かパンチをくらった」ぐらいなものだろうと勝手に想像していたのだけど、2か月経ってまだ治療中ということは、もっとどえらい怪我だったのだろうか。そう思ってちょっと検索をしてみた。
そもそも事件の発端は、この女性マネージャが、しばらく前に吉本を退社した木村政雄氏のことを呼び捨てにするなどしていたのに腹を立て暴行をしたのだという。木村氏は古くからの吉本の社員で、紳助竜助も彼に育てられたといっていいようだ。20年前、紳助がドラマの主演に抜擢された当時、紳助竜助のギャラは10日で7万円だったそうだ。1日、一人当たり3500円ぽっちか・・。当時、吉本のトップクラスは1日30万円クラス。木村氏のバックアップにより、紳助はメジャーへの階段を上がっていった。サンデープロジェクトに他の候補(桂文珍)を抑えて紳助を売り込んだのも木村氏だった。いわば、木村氏は紳助の恩人だったわけだ。
その木村氏が、さまざまな理由により吉本にいづらくなって退社して以後、木村氏のことをみんな口にもしなくなった。いろいろあって辞めた人と未だに親しくしていると思われると、吉本での立場がまずくなる、ということだったらしい。紳助には、それが我慢ならなかった。それが、呼び捨てに「木村」呼ばわりしている女性マネージャを見た途端にキレてしまった、ということなのだろう。義理人情に厚い紳助だからこそやってしまった犯罪なんだろうね。
彼女は、右手とショルダーバッグで何発か殴られ、更に髪を掴んで壁に頭を叩き付けられた、という。「思わず手が出た」レベルでないことは確かだ。——だけど、よほど打ち所が悪かったとか特殊な事情でもない限り、「2ヶ月経ってもなおらない」ほどの怪我を負うほどではないような気がする。で、弁護士の会見内容を調べてみると——「彼女は心的外傷後ストレス障害(PTSD)との診断を受けている」という。PTSD。なるほど。その手があったか。
どうも最近、この種の精神的な障害というのが取りざたされることが多くなってきた。今まで病気と考えられなかったものが、実は病気の一種だったとわかってきたということらしい。もちろん、そういうこともあるだろう。だが、その一方で「別に病気でもないなんでもないものを病気に仕立て上げる」のにもずいぶんと使われているように思うのは僕だけだろうか。——右手で数発、更に髪を掴んで壁にゴッツン。そりゃ、確かに痛いし大変だっただろう。だが、PTSDってのはその程度でなるものなのか。なら、僕なんぞは小中学校通算で20回はPTSDになったはずだ。
世の中では、ドメスティックバイオレンスなどで日常的に暴力を振るわれている人もいる。そうした人が、蓄積された恐怖によりPTSDと診断されるのは理解できる。だが、こういっては何だが「たまたま一回、自分の口の悪さが原因で数発殴られた」だけでなるもんなのかPTSDってのは。——被害者女性は紳助に「引退しろ」と要求したともいうし、更には民事訴訟で損害賠償を請求するという。当事者でない僕には事件の正確なところはわかっていないのかも知れないけど、それでも「被害者」という錦の御旗を手にやりたい放題やっているように感じるのは僕だけじゃあるまい。
もちろん、どんな理由であれ暴力はいけない。言葉の暴力を実際の暴力で返すことはどんな場合であれ正当化はできない。そういう意味で、実際に暴力を振るった紳助を弁護する言葉はない。だが、だからといって「加害者ならどれだけやっつけてもいい」「被害者ならどんな無茶な要求もできる」というわけではないだろう。日本では、加害者の罪の償いと同時に、償った加害者が更生し再び社会に出て活動できることを考えて法律その他は作られている。「加害者を社会から抹殺するため」に日本の法はあるわけではない。数発の暴力の償いは、それまで二十年かけて培ってきたものすべてを失うほどに重いものなのだろうか。
世の中には「被害者という名の暴力」というのが存在するのではないか。本来の救済されるべき、守られるべき被害者の他に、「ちっぽけな被害を受けたことを武器に相手に無理難題を吹っかける」人間というのも、実は数多くいるのではないか。弱者の皮をかぶった狼のような人間が。——もちろん、こんなことをいえば「お前は犯罪の被害にあった人々がどれだけ苦しんでいるのか知らず、加害者の肩を持つっていうのか」と猛抗議を受けることだろう。そうなのだ。日本においては、「世間に弱者と認められた人間」を悪くいうことは許されないのだ。そして、だからこそ「弱者と認められた立場」を最大限利用して自分の利益に結びつけようと考える人間だって出てくる。人間なんて、そういうものじゃないか?
世の中には、「弱者である」ということを掲げ、鬼の首を取ったように高飛車に物事を要求する人間というのがいる。そうした人間に目をつぶることの方が、実は「本当の弱者」の立場を更に悪くしてしまうのではないだろうか。本当に「弱者を守る」ことを考えるならば、「似非弱者」と「本当の弱者」を見分ける目を持たなければならないな、と痛切に感じたのでした。——え、「で、この紳助に殴られた被害者はどっちなんだ」って? そんなこと、僕の口からはいえませんよ、後が怖くて。
公開日: 水 - 12月
29, 2004 at 05:25 午後