女優と役者


・・どっちがより「上」の称号だと思う??

今日、食事が終わった頃だったと思うけど、嫁とあれこれ話をしていて「女優」の定義の話になった。やれともさかりえは女優かとかきょんきょんは女優かアイドルか、とかね。——で、話をしているうちに、どうやら彼女と僕の「女優」の位置づけがかなり違っていることに気がついた。

嫁は、「女優」というのは「スター」に近い称号のようにとらえているようだ。つまり、ただドラマに出ているとかいうだけでなく、その中でも演技力やスター性などをすべて兼ね備えた人を「女優」と呼んでいるらしいのだね。——ところが僕の中では、女優というのは「芝居を本業にしている人」という感覚なのだ。つまり、歌手が本業でドラマにも出ているとかでなくて、演技が本業の人で、それ以上でもそれ以下でもない。

では、僕にとって、彼女の「女優」に相当するものは何かというと、それは「役者」なのだった。僕にとって「役者」というのは、芝居をする人に対する最高の称号である。そういうところの感覚というのは、実は意外に人それぞれで違っているような気がする。いくら広辞苑に「役者とはこれこれこういう定義である」と書かれていても、その通りに認識している人などまずいないだろう。こうした言葉は、それぞれの中で微妙に異なる位置づけがなされているものなんだよね。

僕の言語感覚というのは、その辺の位置づけが普通と違っているらしい。——例えば、「作家」という言葉がある。よく小説家が自分のことを「作家」という肩書きにしていたりするけれど、僕にとって「作家」というのは小説家として最低の称号だ。「どうせこいつは作家だから」といった感じで考えたりする。「ものを作る人」という意味で作家という言葉を使うことはあるけれど、小説家を「作家」と呼ぶ(というか自称する)のは最低の言語感覚を持った人だろうと思っている。では「小説家」が最高か、というとそうでもない。小説家は「一番普通の言い方」という感じだ。すぐれた小説家の称号、それは「物書き」である。「あぁ、この人は物書きなんだよなぁ」というのは僕にとって最高の褒め言葉だったりする。

そういうのは割と他にもある。例えば「技術者」と「職人」とか。「農家」と「百姓」とか。いずれも後者が僕にとって最高の称号だ。自分を「私は農家です」という人間より、「私は百姓です」という人間の方が、僕は圧倒的に「立派だ」と感じてしまったりする。——そうなのだ。これらは、突き詰めて考えれば、「自分をどのような言葉で自称するか」というところにつながっているらしい。つまり「作家」というのが下で、「物書き」というのが上なのは、僕の中で「自分のことを作家と自称する人間」というのがたいてい人間としてのランクが低く、「自分のことを物書きと称する人間」のほうがたいていは立派である、と感じるところからくるのだろう。

多分、僕の中では「自身をカッコいい言葉で飾ろうという感覚に対する反感」みたいなものがあるんだと思う。自分の肩書き、職業、そういったものを「カッコつけて、箔をつけようとしている」と感じた瞬間に、嫌悪を感じてしまうのだろうか。——僕の職業は、テクニカルライターである。これが、既にカッコ悪い。税務申告などではとても恥ずかしくて書けない。なので、そうしたものでは「文筆業」とか「著述業」としてお茶を濁したりしている。もちろん「作家」などこっぱずかしくて書けないし、「物書き」など恐れ多くてやっぱり書けない。気持ちとしては「物書き」でありたいのだが。

自分自身を何かの言葉で表現しようというとき、「自分を着飾ろうとする」タイプと、「自分を卑下しようとする」タイプに分かれる。(「自分をありのままに出そうとする」タイプというのもあるのかも知れないが、僕はそれは不可能に近いと思っているので、省略してかまわないだろう)そして、自分を飾ろう、大きく見せようということがどこか鼻についた瞬間に、「ああ、こいつはその程度の人間なのだな」と僕はそいつを切り捨てているのだろうと思う。

自分自身をありきたりの言葉で表現する。それは、「どのような形であれ自分の姿を見失わない自信」がなければできないのではないだろうか。最近では、自分で新しいカタカナの造語を作って「私、ハラホレハレヒラリラーをやってますぅ」などという人がけっこういる。あれは、「新しい職業なの、えへ」ということの他に、「どのような名前で呼ばれても私は私である」という自身に対する揺るぎない自信(お、シャレになってる)が欠けているのだろうなあ、と思ったりするのだよね。百姓を農家と呼び変えたところで、その人の仕事は決して変わりはしない。作家と呼ぼうが物書きと呼ぼうがその人の書く作品は変わらない。それを「だからどう呼ばれようがかまわない」と言い切るには、自分の成した仕事に対する絶対的な自信が必要だ。

だからこそ、自分を「役者」と呼ぶ人こそ、僕にとって最高の役者なのだろうな。——でもまぁ、中には「私は女優なのよ」と平気でのたまう桃井かおりさんみたいな大役者もいたりするのが世の中面白いところだったりするんだけどね。

公開日: 木 - 10月 7, 2004 at 11:06 午後        


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