裸の王様


悪いのは裸の王様なのか、それとも裸なのを知ってて黙って眺めていた人間か?

この週末辺りから、ネットワークがらみでちょっと困った事態に遭遇している。——我が家は、アップルのAirMacという無線LANを使っている。AirMac Stationというベースステーションがリビングにあり、これに嫁のマシンも、僕の仕事場のMacやWindowsマシンもすべてつながっている。

で、だ。この週末辺りから、どうも我が家の無線LAN「以外」のネットワークがつながるようになってきてしまったのだ。——僕の仕事場は2階にある。木造家屋だし、住宅街でご近所とはけっこう接近している。おそらく、この週末にご近所の誰かが無線LANのルーターを買ってきて取り付けたのだろう。

ただ「ネットワークが見える」だけなら別にいい。非常に困るのが、そのネットワークが「公開」になっていて、暗号化は勿論、パスワードさえ設定されておらず、誰でもつなげられてしまうということだ。ご存知のように、今のWindowsでは、公開されたネットワークの範囲内にパソコンがあると、勝手にそれにつないでしまう。「それはダメ」とか「こっちのにつなぎなさい」とかいうのは、自分で設定してやらないといけない。

この「ご近所の人らしきネットワーク」に気がついたのは昨日のことだ。仕事でWindowsを使っていて、ファイルをMacに転送しようとしたところ、Macがネットワークから見えなくなってる。おかしいな、と思って調べていると、全く見覚えのないネットワークへ接続されていることに気がついたのだ。慌てて自宅のネットワークにつなぎなおし、他所さまのほうは自動でつながないように設定しておいた。いやー、びっくりした。(今日になって嫁にそのことを話すと、目をキラキラ輝かせて「パパ、ハッカー? ハッカー?」と妙に興奮していた。いや、だからそうじゃないってば)

このご近所さんは、ネットワークとかセキュリティとかいう問題をあんまりよく知らないようで、いや、知識として知ってはいても「そんなのうちは別に関係ないし」とか思っているのかも知れない。ともかく、他人のネットワークにつなげるのはとても気色が悪いのでこっちからはつながらないように注意しているのだけど、考えてみるとこれと似たような問題は日本中のあちこちで起こっているはずなのだよね。これだけインターネットが普及しているのだから、ご近所でも他に無線LANを使うところは出てくるだろう。そのとき、うっかり見えてしまった他所のネットワークに、好奇心からつないでみる人はきっといるはずだ。そんなところで、家族のパソコンでデジカメの写真などを共有するのに、ついなんとなくハードディスクを丸ごと公開してた、なんて使い方をしていたりしたら・・。いや、冗談ではなくてね、そういう「自宅でLANでつかってるんだから」とかなり杜撰な使い方をしている人は多いと思うのだ。

もし、そんなときに、誰かが好奇心からネットワークにつなぎ、そこで見えてしまったパソコンの中のファイルを開けてしまったり、コピーしたりしてしまったら・・。いや、もちろんそんなことをすれば不正アクセスだ。後でアクセスされた側が気がついて「訴えてやる!」と島田紳助の番組に投稿したら有罪間違いないだろう。だがね。

暗号化もせず、パスワードも設定せず、公開ネットワークのまま誰でもつなげられる状態にしておいて、そこに何も悪意ない人間が気がつかずにつないでしまった、なんていうとき、果たしてどちらが悪いのだろう。塀も柵も何もない、外から丸見えな家の庭で行水をしていて、そこにたまたま通りがかったあなたがそれを見てしまったとしたら。「裸を見られた!訴えてやる!」といわれて、そうかと思うだろうか。「ええっ、オレが悪いのかよ?」とか思わないだろうか。

・・と、まぁこのへんまでは「まったく、もうちょっとセキュリティってもんに注意をしなきゃダメだよみんな」的なニュアンスで書いていたのだけど、ちょっと考えてみると「管理してない側に問題がある」とはいえないのかも知れないことにすぐ気がつくのだよね。「裸の行水」と「裸のネットワーク」にはとても大きな違いが一つだけある。それは、ネットワークの場合には「自分が裸だとは思わなかった」という点だ。使っている本人は、自分のネットワークが「外から丸見え」だなんて考えてもいない。裸の王様は、自分が裸であることには気づかないのだ。

先日は、銀行のカード不正利用に関する金融庁の研究会が報告書を出していた。そこでは「暗証番号を他人に教える」「暗証番号をどこかに書いておく」「住所、電話番号、生年月日などを暗証番号にする」というようなケースでは、預金者の側に重過失があると判断し、カードを不正利用されても保障の対象から外す、という内容になっていた。自分でセキュリティをきちんと管理しようという気持ちがない人間は、何かトラブルにあっても本人の責任である、という時代になりつつある。誰もが望んでいないとしても。

僕らを置き去りにして時代は勝手に進んでいく。そういうことを意識していない大勢の人間は、自分がいつの間にか裸になっていることに気づくことなく暮らし続ける。——ネットワークに関しては、一応はこういう業界の人間なので我が家では正しく対処できていると思う。銀行のキャッシュカードもパスワードは生年月日や電話番号なんかにはしていないし、信用しきれないオンラインバンクやキャッシングの類いはすべて使えない状態に設定してある。だが、果たして僕は完璧だろうか。自分では全く気づかないところで裸の王様になっていることはないのだろうか。そう考えると僕には自信がない。

セキュリティは自己責任——そう言葉でいうのは容易い。だが、自分で責任を持つべきセキュリティは一体幾つあるのだろう。自分の管理能力を遥かに超える大量の「自分自身で管理しなければならないセキュリティ」が存在したとして、それを完璧に管理できなかったのは本当に「管理できなかった側」に問題があるのだろうか。そして僕は、あなたは、世の中に存在するすべてのセキュリティを完璧に管理している自信がありますか? もし、完璧に管理できなかった側にも、ついうっかりセキュリティを犯してしまった側にも大きな罪はないとなったら、その責任は誰にあるのだろう。・・裸の王様と、それを黙って見ていた人々。どちらが悪いわけでもない。本当に悪いのは、裸の服を売りつけた人間だ。

・・ところで。ご近所のネットワーク、どこのお宅なのかなぁ。それがわかれば、「あのぅ、すいませんが・・」と知らせてあげることもできるんだけど。なにしろネットワーク名までルーターのデフォルト設定のままだからねぇ・・。といって、まさかこちらからお隣のネットワークに侵入して、デスクトップに「見えてますよ」とか書いたファイルを置いてくるわけにもいかないし・・うーむ・・。

公開日: 月 - 4月 4, 2005 at 04:43 午後        


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