違法なことと悪いこと


・・は、微妙にずれていることがある。違法であっても、よいことだった場合はどうなるのだろう。

銀座の日乃出寿司が、不法滞在と知りながら中国人10人を働かせていたとして摘発され、経営者が逮捕された——という記事が載っていた。ここ、「ぎんざ日の出」って屋号でけっこうあちこちにチェーン展開しているところだ。ここは「密入国者を雇ってくれる」というので、外国人の間では有名(?)だったらしい。逮捕された経営者は摘発を警戒して「喧嘩をするな。警察がきたら大変だ」と指示していたという。つまりは確信犯だったわけだね。

・・このニュースを見たとき、なんというか「その伝えるニュアンスと自分の中の感覚がうまく噛み合ない」感じを抱いたのだ。ニュースを見た限りでは、僕の中では「情報が足りない」という感じがしてならなかった。この逮捕された人間がよい人間なのか悪い人間なのか、これだけでは判断できないじゃないか。もっと情報をくれ。そういう感じだった。——けれど、当然だけど伝える側は「この人は悪い人だ」として伝えていた、そのニュアンスは確かに伝わって来ていた。多分、多くの人は当たり前のように「悪いに決まってるじゃん?」と思うのだろう。そう感じるだけに、よけいに「情報が足りない!」と思ってしまうのだね。

密入国者を雇って働かせる、というのは、その言葉だけでは暗〜いイメージがつきまとう。なんというか、「ダマしてつれて来た人間に売春させてる」的な、人身売買みたいなイメージがどうしてもある(ない?)。密入国なんていうのは、犯罪組織が人身売買的につれて来たか、あるいは悪いことを目的に密かに入り込んで来たか、いずれかに違いない、という思いが僕らの中にはある(ない?)。——けれど、日本における密入国者あるいは不法滞在者の大半は、単に「日本で働きたい」ためにやってきただけの人間だ。「それならちゃんと正規のルートで入国すればいいじゃん」と思うだろうが、正規のルートでは日本にきて長期滞在して働くなどできないようになっているのだ。日本というのは、そういう国なのだ。多くの人は、他に道がないから違法な手段をとっている、それが現実ではないのだろうか?

日本では未だに外国人がいっぱいやってきて働くことに対し警戒する人が多い。外国人による犯罪の増加もあって、「あいつらはどうせ犯罪者だ」的な見方をする人もいる。けれど、まともに働きたくとも仕事がなければ、犯罪に走るしかないんじゃないか。日本でも欧米でも、失業率が上がれば犯罪は増加する。まともにお金を稼げなかったら、首でもくくるか、乞食をするか犯罪行為に突き進むかしかないだろう。(註:ちなみに、乞食も犯罪です)

「日本人の仕事を外国人が奪う」ということをいう人もたくさんいる。けれど、実際に多くの外国人がついている仕事は、日本人がみんなイヤがってやろうとしない仕事であったりする。汚く、重労働で、低賃金な仕事。実際問題として日本人の誰もがやりたがらないそういう仕事を外国人に押し付けることで日本の社会は成り立っている面もある。「外国人出ていけ」という人は、それじゃあ「その仕事をオレが代りにやってやる」と思っているのだろうか。それとも、「オレはそんな汚くて大変で金にもならない仕事なんてまっぴらだよ。でも誰かやるだろ」というのだろうか。

そういう分野において、既に外国人労働者は欠かせない存在となっている。そういう人たちを少しでも支援しようと考えている人間もいる。——僕が昔、夕食をとりにしょっちゅう通っていたレストランも、そういう人が経営していた。ウエイトレスはみんな台湾や東南アジアからやってきた人ばかりだった。最初のうちはまだ言葉も片言で、よく紙に漢字を書いて筆談したことを思い出す(中国や韓国の人ならたいていこれで通じる。漢字は素晴らしい)。ホテルの芸能部にいた頃は、フィリピンやハワイのダンサーがやってきてよく仕事した。みんな気のいい奴らばかりだった。たぶん、密入国者はいなかったと思うけど、さて実際はどうだったか。

もちろん、すべてがすべて、よい人間ばかりではない。不法滞在という弱みに付け込んで、異常な低賃金で重労働をさせたり、売春など不法な労働を強いたりする人間もいる。また、本当に犯罪目的で入り込んでいる人間とていることだろう。だが、真面目に働きたいと願っていても不法滞在を余儀なくされている人、圧倒的に弱い立場の彼らの力になろうと考えている人間だっている。

——もし、あなたが経営者で、ここに「どんな仕事でもいいから働かせて欲しい」という不法滞在の外国人がやってきたとしよう。悪いことなどしていない、ただ、国で待っている家族のために少しでも稼ぎたい。そんな場合、どう対処するべきなのか。警察に通報し、本国に強制送還するべきなのか。国によっては、こうした場合、強制送還されるとそのまま逮捕され投獄されるところもある。では、追い返すべきなのか。誰もまともな職を与えようとしなければ、彼はいずれは違法な道に進むことだろう。では、違法なことを承知の上で雇うべきなのか。難しいよ、この判断は。

日乃出寿司の経営者は、果たしてなぜ違法なことをしていたのだろうか。低賃金で過酷な労働をさせ金儲けをするのが目的だったのか。あるいは、別の考えがあったのか。それを僕は知りたかったのだ。それがわからなければ、彼の行動の正否はわからないのだ。

——世の中には、こういうことってある。その「やったこと」だけでは、それが本当に悪いことなのかわからない、ということ。もちろん、殺人とか強盗とかになれば、どう理由がつけられても悪いことには違いないだろう。けれど、中にはその内容によっては本当に悪いことだったのか、違法ではあるけれど悪いことではなかったのか、わからない場合もある。

違法だがよいこと。法に従っているが悪いこと。そういうことというのも世の中にはある。ごく身近な例でいえば、車。すべての人が道路交通法を完璧なまでに厳守して車を運転したら、日本の交通は麻痺するよ。みんな「小さな違法行為」をちょこちょことやりながら、全体としてスムーズな運行を支えているわけだよね。「違法である」ということと「悪いことである」ということの、この微妙な違いを僕らは意識しているだろうか。そういうことをちょこっと思ったのでした。

公開日: 金 - 7月 9, 2004 at 11:04 午前        


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