日本語を守るために


美しい日本語を守るために必要なこと。それは、「美しい日本語を守ろうとしない」こと・・では?

久しぶりに本屋に行った。嫁のお義母さんに母の日のプレゼントを贈るのを忘れてしまい(しかもその直前がお義母さんの誕生日だったりする(汗))、とりあえず好きな本でも買って宅急便で送れば・っという嫁のナイスアイデアの元に慌てて買いにいったりしたのであった。で、ついでにあちこち新刊を見ていたのだけど・・。

知らないうちに猛烈な勢いで増殖しているね。「美しい日本語」関係の本が。一体、いつ頃からなんだろうか、こういう「美しい日本語の本」なんちゅう、美しい日本語を感じ取れる神経を持っていれば恥ずかしくて口に出せないような類いの本が増えてきたのは。何年か前には、「正しい日本語」とかいうのが多かった気がする。「日本語は乱れてます、正しい日本語を身につけましょう」的なものね。今もそうしたものはあるけど、気がつくと「日本語はこんなに美しいんです、美しい日本語を、さあ、読みましょう」的なものがどっと増えている。

こうした本がとてもこそばゆいのは、その作者たちが「美しい日本語」と思っているものを読まされるのがどうもむずがゆい感じがしてしまうからだ。「ほら、美しいでしょうこの日本語。ほら、すてきでしょう」という作者の声が背後霊のように耳元でささやかれている感じがしてしまう。それは例えば、ある男が彼女の写真を取り出して「ほら、きれいでしょうボクの彼女。ほら、すてきでしょう」とかのろけられるのに似た感触だ。

僕も、美しい文章というのは好きだ。時として「ほら、この人の文章は美しいでしょう」などと口走ったりすることもある(確かにあります、ハイ)。だけど、それはあくまで「僕にとって美しい」ものであって、別に他人にその感性を強要するような類いのものではない。そもそも「美しい」とかいうものに、万国共通の仕様があるとは思えない。ある人にとっては古めかしい日本語が美しいと感じるだろうが、別のある人にとってそれはただの古くさい文章でしかなかったりする。美しさの基準なんてのは人それぞれで、それは言葉に限った話ではない。「美しい日本語」と口にするとき、人はそのことを忘れてしまってるような気がする。

そして。それ以上に背筋がむず痒く感じるその要因は、こうした本の裏側に、「一般大衆の日本語を矯正して差し上げましょう」的ないやらしさを感じてしまうからだ。——だいぶ前になるけど、永六輔氏らによって「『ら』を守る会」とかいうのがあった。いわゆる「ら」抜き言葉が問題となり始めた頃で、「『ら』抜き言葉なんていう汚い言葉が広まるのを阻止して、美しい日本語を守りましょう」的な匂いがぷんぷんして不快だった。だが、まだしもこの会は、「言葉を矯正してやる」という意志が明確であっただけにわかりやすかった。昨今の「美しい日本語」本は、そうした意図が一見すると見えないように巧妙に隠されている感じがする。それだけ悪質に思うのは僕がへそ曲がりなせいか。

日本語は、美しい。それは僕も同意見だ。そして、その美しい日本語を破壊する唯一にして最上(最悪?)の方法、それは「言葉の変化を禁ずること」だろうと思っている。言葉は、常に変化する。変化することを強制的に禁じた瞬間、言葉は死ぬ。いや、言葉に限らない。文化というのは、それが変化することをやめたときに終わるのだろうと思う。

現時点で固定された「美しい日本語」を唯一の基準として強制された瞬間に、美しい日本語は死ぬ。そう思う。言葉は常に変化してきた。そしてたいていの場合、新しい言葉は「汚い、悪いもの」であった。「美しい日本語」本があげるさまざまな文章、その多くは、今でこそ名文として評価されてはいるものの、それが登場する少し前までは「日本語を破壊する汚い表現」だったものではなかったか。

「美しい日本語」本のすべてが、ここで述べたようなものとは思わない。中には、さまざまな表現、言葉、文章を多くの人に知って欲しいという真摯なものもあるだろう。けれど、それらが集まって「美しい日本語を守る」という一つの風潮となったとき、「昨今の乱れた日本語をただし、美しい日本語を取り戻すべし」みたいな圧力を感じてしまうのだ。



・・最近、改めて「本当に美しいね」と嫁と語り合った文章。それは、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」だ。それは、単に文章が美しいということではなく、あの時代に、一介の女性が、戦争万歳のすべての世論を敵に回し、絶対的権力者たる天皇まで敵に回し、滔々と述べた、その魂魄に胸打たれたのだと思う。美しさというものには、その背後にそうしたその人の魂魄がある。だからこそ美しい。文章が美しいから残るのではなく、残るべき何ものかをもった文章だから美しいのだ。そう思わない?

公開日: 土 - 5月 8, 2004 at 10:46 午後        


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