信用してはいけないブログ


・・それが、このブログが目指すところです(笑)。

このブログに関するご要望、第2弾(笑)。普段から、てきとーに思いついたことを書いているせいで、よく読んでいるとけっこう矛盾したことを平気で書いていたりする。僕からすれば「そのときそう思ったのは確か」なわけだから、別に消したり修正したりもせず、そのまま残してある。のだけど、それが原因で、たま〜にお叱りをいただくこともある。「いっていることが矛盾している、どっちを信じればいいんだ?」ということをいわれることがある。

どの意見を信じればいいのか。そんなことはいうまでもない。「どれも信じてはいけない」に決まっているではないか。矛盾したことをいっているのは当たり前で、人間というのは本来、矛盾した生き物なんだから。むしろ、すべてにおいて首尾一貫した人間の方がおかしいのだ。

世の中には、「人の書いたものを鵜呑みにし、すぐに信じる人」というのが相当数いるようだ。これが、書籍として出版されたものとかいうことになればそれなりに理解できるけれど、テレビのバラエティや、果てはどこの馬の骨(←オレオレ)が書いたかもわからないブログなんぞまで簡単に信じてしまう人がいるのには驚く。

多くの人は、コラムだの評論だのといったものに「結論」を求める。そこに、何かの解答が書かれているのだと思う。中には、コラムや評論の書き手でさえ、そう思い込んでいる人間がいたりする。「自分は、答えを与えているのだ」と。——だが、これは間違いだ。コラムや評論が与えてくれるもの、それは「結論」ではなく、「きっかけ」や「視点」である。「いや、私は結論を書いているのだ」という人でも、それは「結論」ではなく「その人が結論と思ったこと」に過ぎない。・・では、結論はどこにあるのか? そんなのは決まっている。あなた自身の中に、だ。あなたにとっての結論を、なぜ、あなた以外の人間が与えられると思うのだ?

「そうじゃない、誰にとっても間違いのない真実のようなものを知りたいんだ」——そんなものは、ない。この世に「誰にとってもいつの時代もどんな状況においても正しい、絶対的な結論」なぞ存在しない。どんなすぐれた考えであっても、それは未来永劫常に正しいわけではない。何が正しいか、それはどんなことであれ人それぞれ違っているはずなのだ。

このブログは、思いついたことをただ気まぐれに書いているだけだ。だけど、別に「間違いだ」と思うことをわざわざ書いたりはしない。一応は、自分で「これが正しい」と感じることを書いているつもりだ。だが、それは「僕にとって」のものであり、あなたにとってのものではない。——世の中には、たまに「あなたが正しいと思うんならきっと正しいんだろう」と思ってしまう人間もいたりする。だが、あなたは僕のコピーではない。あなたの考えは、断じて僕と同じではない。

だから、僕はいうのだ。「決して信じるな」と。信じることをやめなさい。そして「考える」ことを始めなさい、と。——ここに書いてあることをほんのちょびっとでも信じてしまった人。海よりも深く反省してください。

公開日: 金 - 4月 1, 2005 at 04:48 午後        


©