イチロー、新記録!
たいしたもんだね、イチローは。記録タイ、新記録、更に更新まで一気にやっちゃった。
今更いうまでもないぐらいに既に世間では広まりまくっているけどイチローが大リーグの1シーズンの最多安打記録「257」を破り、今日の試合で遂に259にまで記録を更新しました。や〜、たいしたもんです。素晴らしいもんです。日本での記録などよりはるかに値打ちがあるよこれは。
こういう「記録」というものを考えるとき、日本ではかなりのものが八百長やイカサマによって作られている、ということをイヤでも感じてしまう。大リーグの記録は、少なくとも真っ当な記録だ。真っ当な記録を真っ当なプレイで破る。だからこそここまで熱狂できるんだと思う。
これを見てふと思い出したのは、かの近鉄ローズ(現読売)が王監督のシーズン当たりのホームランの日本記録(55本)を破ろうとしたときに王監督率いるダイエーが全打席敬遠にしたという事件。更に古くは、阪神のバースがやっぱり55本を打って記録に王手をかけたときも、やっぱり王監督率いる読売(世間で巨人といわれるチーム)が全打席敬遠をして記録達成を阻んだ。——日本では、記録は「破る」ためにあるのではなく、「守る」ためにあるらしい。
そういう大記録に限らずとも、日本ではせせこましいことをして記録を守ることがよくある。首位打者争いなども、残り試合が少なくなってくると、トップの選手を全試合休ませてタイトルをとらせたりする。そういえばイチローが日本で200本を打ち、史上初めて「4割打者」の期待がかかったとき、彼は「あくまで全試合に出る」ことを重視し、結果として4割を惜しくも逃した。素晴らしい。記録とはこうでなくてはいけない。
ローズやバースの事件のとき、必ずそれを擁護する声というのもあがった。曰く、「プロは勝つことをなにより考えなければいけないのだから、調子のいい選手を敬遠するのは当然の選択だ」というような声だ。確かに、勝つためには、ホームラン記録を狙うような選手は全打席歩かせた方が安全だ。よく巷では、こういう「プロなんだから、勝たなきゃいけないんだから」といってさまざまなイヤ〜ンなやり方を擁護する人はいる。だが、それはちょっと誤解してないか?と思うのだ。
プロの仕事、それは「勝つこと」ではない。「お客を楽しませること」なのだ。彼らは「野球というエンターテイメントをお客に見せ、楽しんでもらう」ことが仕事なのだ。そのための方策として「『勝つ』こと」を目指すのだ。真剣に優勝を争い競い合うところに素晴らしいプレイが生まれる。そうしたプレイを見せることが、最終的にお客を楽しませることになるのだから。間違っても、「楽しませること」より「勝つこと」が優先するのだ、と錯覚してはならないのだ。「見ている全てのお客を不快にしても勝つことがプロの仕事だ」などと思っている人間はきっといまい。
たいていの場合、「勝つこと」と「楽しませること」はほぼイコールで結ばれている。だが、稀に両者が反することがある。例えば、相手チームの選手に素晴らしい記録の達成がかかっている、というような場合だ。「勝つため」には、まともに勝負しない方がいい。だが「楽しませる」ためには、その記録に挑む選手に真っ向から受けて立つしかない。——日本では「記録を阻む=逃げる」ということになっているようだ。だけどね、ちょっと考えてみてくれ。「勝負して、勝つ」という選択肢は、どこへいったんだ?
この前の試合。256本目のヒットを打ち、記録に王手をかけた後で、イチローは2打席続けて三振をし、次の試合に記録の達成を持ち越した。このとき相手のピッチャーは「もし、ここで打たれたら、偉大なる記録の対戦相手としてオレの汚名も歴史に残ってしまうだろう。それだけは絶対にイヤだ!」と考え、死にものぐるいで投げ、イチローを2打席連続で三振にとった、という。プロってのは、こういうもんじゃないのか? 相手が偉大な記録に挑むなら、「オレの腕で死んでも阻止してやる」と思うもんじゃないのか?
時として、人は目的と手段を取り違えてしまう。「すばらしいプレイを多くの人に見せ楽しんでもらうため」ということが目標であることを見失い、「そのために勝つこと」という手段そのものが目標なんだと錯覚した瞬間、そのプレイはクソ面白くもないものに堕してしまう。——まぁ、人間ってのはそういうものだ。「金持ちになりたい」「有名になりたい」「出世したい」と日々思って生きてはいるが、それはよく考えれば「目標」ではなく「手段」であることを実は見失っていたりする。「○○という目標があるから金持ちになりたいんだ」「××だから有名になりたいんだ」という、本来の目標というのが実は別にあったりするんだよね。
イチローは、「新記録を作りたい」からプロ野球をやってるわけではあるまい。彼の口からは、常に「球場にやってきたお客さんに少しでも楽しんで欲しい」という言葉が出てくる。——そういえば、王さんという人は、現役時代、「お客を楽しませる」ことより「記録を達成すること」を大切にしていた気がする。「ここで一発!」というときに打席が回ってきても、フォアボールを選んで一塁に進んだりする光景をよく見かけた。長嶋さんは、そういうとき、どんなクソボールが来ても飛びついて打った。例えそれでアウトになっても、お客は実に楽しかった。・・なるほど。だから王さんは「記録」には残ったけど、ヒーローには決してなれなかったんだな。あの、淡々とホームランを打ち続ける王さんの打席というのは、読売ファン以外には本当につまらなかった。
イチローには、もっともっとさまざまな記録を打ち立てて欲しい。ただし、「記録を打ち立てるためにプレイする」のだけは勘弁して欲しい。——ま、彼ならそういう心配は無用だとは思うけどさ。
公開日: 土
- 10月 2, 2004 at 06:31 午後