イヤな客
石屋さんが来た。毎日、朝から晩まで石を貼っている。なかなか立派な仕事をする人らしいけど、頼むわしらにはそれが通じないのであった。
どうも石張りの作業というのは造園の会社の人間では難しいようで、石屋の職人さんを別に呼んでいるらしい。一人で朝から晩まで黙々と石を貼っている。我が家はリビング前のステップとアプローチ部分が別の石を使っていて、ようやくステップ部分ができあがり、アプローチの方に取りかかったところだ。
この職人さんは造園会社の社長から聞いた話ではかなりの技術を持った人らしい。石を貼っていくとき、その石と石の間隔をすべてピタッ!と等間隔に揃えることができるというのが、小出造園の自慢らしくて、何度もその話を伺っていて「これだけきれいに仕上げられるのはうちだけですよ」といっていた。それだけ優秀な職人を確保しているんだ、ということなんだろう。
我が家の場合、リビング前のステップは、かなりごつごつとした感じの石を積み上げて作ってある。これは最初から「そういう石なんで、こっちはどうしてもきちっと揃った感じにはなりませんよ」といわれていた。これは、逆にそういうのが好きなのでもちろんOK。で、ステップの方は、つるっとしたなめらかな石を組み合わせて作る。こっちのやつが、社長自慢の「きれいな仕上げ」になりますよ、ということだそうだ。
・・で。その優秀な職人さんが来た日。最初にクライアントたる我が家から告げられた要望は、次のようなものであった。
「アプローチの石なんですけど、ちゃんと貼らないで下さい。シロウト臭い、ラフな感じでお願いします」
なんじゃあ、この客わあっ!?
・・などと怒鳴りつけられるかと思ったけど、社長は苦笑しながら職人さんに話を伝えておりました。——それが原因か、職人さんは一日中、ぶすっと働いておりました。すまん。ほんとーにすまんです。でもね、あまりにきれいにぴしっと並べられちゃうと、なんちゅうか「成金の家の庭」みたいになっちゃうんだよね。
昔は、たぶん、何から何までぴしっと作るのがよかったんだろうと思う。庭も、ステップも、アプローチも、ぴしっぴしっと完璧に仕上げてある。そういうのが「いい庭」だったんだろう。——でも、今はそういう人工的なものを嫌う人も増えている。もっとラフに、わざとシロウトが作ったようなぎこちない仕上がりを望む人もいる。我が家も、少し整ってないぐらいが「味があっていい」という感性の一家なのだ。ま、そういう家の仕事を引き受けてしまったと思ってあきらめて下さい。
だけど、こういう「プロからすれば『これが一番なんだ!』と思うことを、シロウトであるクライアントに却下され、『おいおいそりゃ三流の仕事だぜ』というような仕事を強要させられる」ということって、どんな分野でもあるよね。そういうとき、どう対処するのが一流のプロなのか。——「そんな仕事、オレはできません。他を当たって下さい」と断ってしまい、意に染まない仕事は断固として受けない。そういうのが「プロ」だと昔は思ってた。でも、なんだか最近は違う気がしている。プロは、客の要求する中で最高のものを作れる人なんじゃないだろうか。
「そんな仕事、できない」というのはたやすい。収入が減ることさえ我慢すれば、それは実は誰にだってできることだ。だけど、無茶な客の要求を受け入れ、それでもなお「その人ならでは」の仕事をなせる、そっちのほうがはるかにすごいしカッコイイじゃない? 「あちらを立てればこちらが立たず」というのを、見事両方立ててみせる。それこそ「プロ」ってもんじゃないか。
・・ステップができあがり、アプローチの作業に入った今日。職人さんが帰った後で見てみると、確かにアプローチの石はちょっと不揃いな感じで貼ってある。「よかった〜」と思い、ふとリビング前のステップを見ると・・。
こっちの、「どう考えてもきちんと揃えようがない」というやつが、よく見るとピシ〜っ!と等間隔に石を組んであるのだ。・・「まいりました」と夫婦して頭を下げたのでした。職人気質ってのは、こういうことをいうんだろうなぁ。
公開日: 金 - 2月 20, 2004 at 06:53 午後