お話 「人魚姫」


異なる文化が遭遇したとき、人はどうするか?というお話です。

 
 

お話 「人魚姫」

あるところに、それはそれは美しい人魚がいました。彼女は、人間というものを知りませんでした。いつも仲間の人魚たちと一緒に幸せに暮らしておりました。
 人魚は15歳になると外界に出ることを許されます。彼女にもようやくその日がやってきました。彼女が心ときめかせて海の上に出てみると、そこには巨大な船の姿がありました。その船には、とある国の高貴な人々が乗っていたのです。
 そこで彼女は、それは美しい一人の男性を見つけました。その男性は、その国の王子でした。なんて美しい人なのでしょう。彼女は、そんなにも美しい男性を生まれてこのかた見たことがありませんでした。
 ・・その夜、あたりを突然の嵐が襲いました。荒れ狂う波に、乗船していた多くの人々が嵐の波間に投げさされました。
 彼女は、なんとかして王子を助けようと、荒れ狂う海の中を必死になって浜辺まで引っ張りました。気を失っていた王子は、おかげで命拾いをすることができました。もちろん、その他のさして美しくない人々はみんな死にました。

その日から——。彼女は、王子に恋をしてしまいました。朝、海の彼方から太陽が上がって来ても、夜のしじまにすべての生き物が眠ってしまった後も、彼女は王子のことを思い続けました。
 やがて彼女は、決心をすると、その海で一番の知恵者である魔女のおばあさんのもとを訪れました。そして、こう尋ねたのです。「人間になれる薬はありませんか?」と。

「あるとも。・・ただし、それは高くつくよ?」
「お金ですか、おばあさん?」
「いやいや、代金のことじゃない。あんたにとって高くつく薬になるよ、ってことさ。——確かに、人魚を人間に変える薬を作ることはできるよ。けれど、そのためには、あんたのその美しい声を代償にしないといけない」
「ええ、声を失ってしまうのですか?」
「それだけじゃない。歩こうと思えば、刃の上を歩くような激痛に耐えなければいけない。どうだね、それでも人間になりたいのかね?」

彼女は考えました。どうしても王子様に逢いたい、そして思いを届けたい。けれど、そのために失うものはあまりにも大きいのです。どうすればよいのでしょう。しばらく考え込んだ末に、彼女は思いました。・・ここはやっぱり、発想の転換が必要だわ。
 彼女は再び魔女の元を訪れると、こういいました。
「おばあさん、決めました。薬を作って下さい」
「おやおや、あんたはそうまでして人間になりたいのかね?」
「いえ、そうじゃなくて。人間を人魚にする薬を・・」

——人魚にされた王子は、声を失って誰かに助けを求めることもできず、逃げようとしても激痛でうまく泳ぐこともできず、彼女に飼われることとなりました。もちろん、最初は美しい人魚姫を見て「これなら、こういう暮らしも楽しいかも・・」と思ったことでしょう。けれど次の瞬間、王子はとんでもないことに気づいたのです。
「下半身がない!」
 ・・妊娠の不安も、浮気の心配もなく、彼女は心ゆくまで王子を玩具としてかわいがることができました。いつの世も、異文化との接触は、どちらかがどちらかを征服することで終わるものです。

公開日: 木 - 8月 12, 2004 at 03:58 午後        


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