お話 「アリとキリギリス」


敵の敵は味方である、というお話。

 
 
お話 「アリとキリギリス」

「わたしゃ音楽家〜、森のキリギリス〜♪」
 キリギリスは今日も歌いながら森の中を散策していました。その森は豊かな森で、多くの植物や木々が育ち、虫たちはみんなのんびりと暮らすことができました。森のすぐ横には道路が開通し、建て売り住宅が次々と建ち始めてはいましたが、この「県民自然の森」は、未だに自然が残されていました。キリギリスに限らず、多くの虫たちは最後の楽園で虫生を謳歌していました。
 彼がそうやってぶらぶら歩いていると、その中で真っ黒になって働いているものたちの姿が目に入りました。働きアリたちです。この暑いさなか、彼らは汗水流して餌を運んでいました。

「おやおや、この暑いのにご苦労なこった」
「キリギリスさん、あなたはいつものんきでいいですね」
「そうさ。この森で、あくせく働くなんてばかげているよ。遊んでたって食うに困ることはないんだから。君たちは何だって、そんなに苦労して働いてるんだい?」
「僕らの仲間はたくさんいますからね。みんなが食べていくとなると大変なんですよ」
「なんだって? それじゃあなにかい、これは君が食べるんでなくて、他の連中が食べるために苦労して運んでいるっていうのかい?」
 キリギリスは笑い出しました。
「バカじゃないか? なんだって、人の食べ物を苦労して集めて回ってるのさ? 君一人が生きていくのに、こんな苦労なんてする必要ないじゃないか」
「でも、冬になって食べ物がなくなったらどうするんです?」
「アホか、君は。この森は、冬になったって十分すぎるぐらいに食べ物があるんだ、知らないのか?」
「でも、僕らの大勢の仲間が食べていくには、しょうがないんです」
 アリは、苦笑を浮かべると、再び作業へと戻りました。
「なんてバカなやつらだ。あんなにあくせく働いて一生を終えるなんて。自分の人生ってのを考えたことがあるのかねえ」

・・そう、考えていたのです、アリたちは。自分と、そして自分たち一族の生活のことを。
 分業化され、組織化されたアリの集団は、次第に勢力を拡大していきました。数は力なのです。乱暴者のカマキリでさえ、数百の兵隊アリに囲まれれば逃げ出すしかありません。
 最初は彼らをバカにしていた森の虫たちも、次第にアリたちを無視できなくなってきました。いえ、アリたちの力は、既に彼らでは手の付けようがないくらいに巨大なものになっていました。
 ともかく勤勉でクソ真面目で、他の虫たちのように怠けることも遊びほうけることもしないアリたちは、虫たちにとって目の上のこぶでした。彼らが無言で働いている姿を見せつけられると、まるで自分たちが怠け者であるといわれているような気がしてしまうのです。
 小さくて弱くてたいして頭も良くない、自分たちより遥か下にいると見下していたやつらが、ふと気がつけばいつの間にか自分より立派になっている。そんなことに、自尊心の高いキリギリスは耐えられるわけがありませんでした。

「まずいぞ。このままじゃ、アリたちに森が乗っ取られてしまう」
 キリギリスは、仲間の虫たちと相談しました。
「あいつら、バカがつくぐらいに真面目だからな。このまんまいけば、森中アリだらけになっちまって、オレたちの食料さえなくなっちまうぞ」
「といっても、もう僕らが力を合わせたぐらいじゃどうしようもないよ」
「・・こういうときは、搦め手から攻めるしかないな」
「どういう意味です?」
「強い奴らをやっつけるにはどうすればいいか知ってるか?」
「・・知りません。どうするんです?」
「もっと強いやつらに、やっつけてもらえばいいのさ」

その夜。見回りをしていた兵隊アリたち数匹は、突然襲って来たものたちに拉致されました。体を縛られ目隠しをされ、彼らはどこかへと運ばれていきました。
 そして朝となり、ようやく彼らは目隠しをはずされました。——そこは、一面真っ白な砂漠のような世界でした。拉致された数匹のアリたちは、顔を見合わせました。いったいここは、どこだ?
 ある一匹が、ふと思って白い砂粒をそっと舐めてみました。
「・・砂糖だ、これは」

「・・ちょっと、パパ! 早く来て! アリよ!」
 森から道路を隔てた新居に越して来たばかりのある日、彼女の悲鳴が響きました。
「・・うわっ。砂糖壷を狙って来たんだな」
「どこから湧いて来たのよ、これ」
「たぶん、向かいの森からだろう」
「ちょっと、これ、シロアリじゃないでしょうね? 心配よ、なんとかしてよ」

新しくできた街の町内会のものたちの手によって、森の蟻塚が見つけ出され、アリたちは徹底的に駆逐されました。
 森には再び平和が戻りました。あのキリギリスも、それからはのんびりと歌を歌いながら暮らすことができましたとさ。めでたしめでたし。

公開日: 土 - 8月 14, 2004 at 02:28 午後        


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