生原稿
       タバコ日和
                           清川 東

 ボクが通っているのは夜間の定時制だが、学校へは昼頃から行く。これと言って何
するわけでもなく、屋上でタバコを吸うのが日課だ。昼間は普通科の生徒が学校に来
ているが、屋上へは出れないようになっている。ボクは用務室に潜入して屋上のカギ
を無断拝借して、合カギ作ったので出れるのだ。
 にもかかわらず、ボクは不登校だった。つまり、昼学校へ来てタバコ吸って、夕方
帰っちゃうのだ。何しに来ているのか、ボクにもよくわからなかった。

 翌日も、ボクは屋上でタバコをふかしていた。まるで春のような秋晴れで、一服し
ながらつぶやいた。
「タバコ日和だねぇ…」
 トントン、
「?」
 トントン、
 ドアの方から、ノックする音が聞こえてきた。
「やば、用務員のおじさん、バレたか…」
 ボクは、しゃーないやとタバコを地面にこすり、ポケットからカギを取り出してド
アに向かった。
  …我が目をうたがった。ドア窓をのぞくと、普通科の女生徒が立っていたからだ。
頭よさそうナ顔立ちと、紺の制服に朱いマフラーがサイコーにかわいかった。ボクは、
すぐにドアのカギを開けた。屋上へ出ると、彼女は両手をいっぱいに広げた。
「あー気持ちいい」
 そう言うと、ボクの方をふり向いた。
「ねぇ、私、授業ばっくれたの始めて」
 いきなりそんなコトに喜ぶ彼女に、ボクは戸惑った。
「へぇ…そう…、ボクのコト、知ってるの?」
「うん、私…窓側だから…」
 そう言うと彼女は背を向け、スルーッと首筋から朱いマフラーを開放した。その白
い首に、猪木や永ちゃんとは違った色っぽさを感じた。
「ゴクリ」
「何?」
 再び、彼女はふり向いた。
「あわ…あわわ、あの…ボクは定時制…ングッ」
 ボクは再びのみこんだ。
「そうなんだ…、定時制の方とは知らなかった…」
 ムリもない、定時制は私服だ。ちなみに今日のファッションはユニクロの上下。
「あ…名刺あげる、昨日、パソコンで作ったの」
 朱いマフラーをのせていたカバンからポーチを取り出し、ボクに名刺をくれた。見
ナレない、小さくて細い指にふれた時、少しひんやりした。これが女のコなのだなと
思った。
「2-J、望月あかね…」
 そう、つぶやいて顔を上げると、知らないうちに彼女は5mもはなれて、空を見上
げていた。屋上は風が強い、無防備だった彼女のスカートが開いた。
「キャッ」
 あわてておさえたものの、かえってサブリミナル効果となって、ボクの潜在意識に
刻まれた。彼女は風に流れる長い髪を耳にかき上げながら言った。
「みなかったことにして…」
「はいっ」
 ボクは良いお返事を返した。手元をみると、ボクは貰った名刺を折っていたので、
あわててシワのばししていると、向うから声が聞こえた。
「学校ね…」
 ボクは、指で名刺をこすりながら顔を上げた。
「つまんなくってね…」
 背を向けて、スカートを両手でおさえている彼女の長い髪は、無防備に流れていた。
「授業中にアナタをみつけて…なんか…同じかナァ…と思って」
 そう言うと、カバンの上に置きっぱなしだった朱いマフラーがコロコロと転がった。
ボクは中学時代、野球部で鍛えた反射神経で、そのショートゴロをナイスキャッチし、
セカンドの彼女に手渡した。
「ありがとう…」
 近づいて観ると、彼女の瞳が濡れていた。ボクは思わず視線を外し、手元の名刺が
クシャクシャになっていたので、あわててポケットにしまった。彼女はボクから受け
取った朱いマフラーを羽織り、涙をぬぐうと、意を決したかのような表情で、スルー
ッと首筋から朱いマフラーを開放した。間近でみる白い生肌は、少しピンクがかって
みえた。
「あげる…」
 の声に視線を上げると、彼女は微笑みを浮かべ、いい表情をしていた。さし出され
た朱いマフラーに、ボクは戸惑った。
「えっ…」
「これから、寒くなるよ…」
 次の瞬間、ボクの首にあたたかくてやわらかい、彼女のぬくもりのようなものがま
きついた。
「さよなら…」
「えっ」
 彼女は視線を外し、カバンを取りに行くと、そのまま校舎の入口のドアへ向かった。
ボクは大声で叫んだ。
「ねぇ、また来ればいいぢゃん、合カギあげるよ…」
 ボクは2・3歩前へ出てポケットをまさぐったが、タバコの空箱と名刺しかみあた
らない。
「あれ…、ね…ねぇ!あかねちゃん!!」
 彼女はそのまま、校舎内へ入って行ってしまった。
 ボクは1人になって、空を見上げた。空には少し、夕ぐれがさしかかっていた。朱
いのは夕日だけではなかった。ボクはマフラーを首から放し、両手でみつめた。
「あかねちゃん…」
 トントン、
「?」
 トントン、
「あかねちゃん?」
 ノックする音に、ボクは急に元気になってドアまでダッシュした。同時に、カギが
開いたままのドアから、用務員のおじさんが出てきた。相打ちになった瞬間、突風が
吹き、ボクの朱いマフラーはふきとばされてしまった。
「あーっ」
 抱きあったまま2人は、クルクルと回転しながら夕闇に消えゆくマフラーをしばら
く眺めた。ハッと気づいて離れると、口の重そうなおじさんが、口元のしわをゆるめ
た。
「あんた、合カギ作ったろ?」
「はい…」
「もう、やめたら?」
「そうですね」
 ボクは素直に答えると、ポケットをまさぐり、合カギを用務員のおじさんに渡した。
その時はなぜか、ポケットにタバコの空箱と合カギしかみつけられなかった。

 その後、秋と冬の間の「と」のような季節の中、ボクはいままでの下校時刻を登校
時刻に変えた。朱色のマフラーが恋しくなり、始業のベルが鳴る前に普通科2年の校
舎内をウロウロしたが、J組の教室はどこにもなかった。それで終業のベルが鳴った
後、事務室に潜入して生徒名簿を調べたのだが、ウチの学校はどの学年にもJ組の欄
はなかった。
 トントン、
「?!」
 トントン、
「おじさん?」
 …………、
「あかねちゃん?」
 ……、
 トン。
 
 






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