月 日

今日から中国語、グループレッスンになった。なんだか新学期〜みたいな。
で頭グルグル〜で、いつもの三茶の中華バイキングに入って店員を待って
いたらうしろから先生3人組!、げ、中国人、中華料理たべんの?、うん、
たまにたべたくなるの。てことで、中国小姐3人とボクでテーブルを囲む。
中国といっても山東省、河北省、黒龍江省という大陸のコで上海より北の
人たち。ボクは上海も好きだけれど台湾や香港とか南国好きなので想定外
だった。3対1といえばボクは昭和48年生まれの同い年のゲイ3人組と
テーブルを囲んだことがある(傍からみれば同級生4人組の愉しい飲み会
ですが内実、男子はボクだけで3人にみつめられているという断末魔、気
づいたら号泣してて両脇から乳首もまれてた・爆)。でもアントニオ猪木
VS国際プロレス軍(ラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇)の3対1
に比べたら何事も大したことないや。で、233よって近所のオバちゃん
(中村さん)と先日の放送をみながら検証する。近所のオバちゃんにして
ロック界のカリスマ、シーナ&ロケッツをおらが街に呼んでしまったのが
スゴいが、要は鮎川さんたちがなぜ生きのこったのかという話しのなかで、
高校時代、ロックの話しができるヤツはクラスで5人しかおらず、牛乳と
パンだけで金をため、友人宅のスピーカからながれる音楽を頭の中で録音
したという至極あたりまえの原点の話をおっしゃってて、なぜ生きのこっ
たのかという答えが「思春期のままで生きつづけろ」てことだったと思う。


 
  月 日

今日は中国語おえてから天気もよろしく出かけようととりあえず
渋谷へ。「香港王」なるお店にはじめて入ったのだが、店員のお
兄さん中国語、広東語しゃべれ、現地で買いつけてるとゆーその
VCDのセレクション面白かった。最近は華流、ほとんど女性フ
ァンで占められてるようだがこういうお兄さんいるとこころ強い。
まさかすぐ近くで重慶マンションの騙され話しできるひとがいる
とは思わなんだ。値段もリーズナブル、なので香港のチャイ・ラ
ン司会のトーク番組「今夜不設防」のゲスト勝新太郎篇を買った。
で新宿の華流ショップもいってみた。台湾ドラマ「我的秘密花園」
のサントラを購入(ボクは台湾女優のリャン・ヨウリンのファン
なので)。ここでも店員さんと話したが華流ファンには中間層が
いないのだそうだ。おばさんと若いコ、アンディとF4のほかに
もっと多様化していいジャンルだと思う。かへり新大久保よって
233。よく取材のかたがこられるのだが、ネットなどの希薄さ
と出逢うコトについて。ひとはデジタルの行間の読めない世界だ
けではツラいのではないか、フラリとひとに出逢う空間が必要で、
そこに赴くコト。調子にのっていればいいことばかりではないが
ででも何か感じて、持ち帰るというか、転化してければなと思う。


 
  月 日

きょうはアジアンレストランで青島ビールとパッタイ(タイビーフン
の焼そば)たべてから近所のスギモトくんから「近所にまんがに出て
きそうなバーがあるよ、ひとりでいくがいいよ」ときいてたのでいっ
てみた。その昭和なひっそりとした空間は、ボクなんかが生まれる前
からずっとあるもので老夫婦はやさしかった。「芸能人なんかこられ
ます?」とたずねてみたところ、かつて女優の横山めぐみさんがきて
いたという。最近、スチールの撮影でサトエリがきたらしくマスター
が表情をゆるましていた。ソルティドッグは古式だった。700円。


 
  月 日

昨天、中国語、今回は故宮の話しになって故宮博物館というのは北京や台湾にある
のですが北京なり台湾なりにいったらまずいく場所です。ですがボクは台湾4かい
いってるのにいったことがなく「ぢゃ、清川さんは何処へいってるの?」といつも
必然的になります。まさか場末のディスカントショップでホコリかぶったお色けV
CDを何時間も発掘したり、真夜中のクラブで狂い踊って麻薬取締りGメンに捕ま
ったり、地図にないとこ歩いて民家の庭先に入っておこられたりとか、いえないで
す(あ、いっちゃった・爆)。下課してからシアターアプル、ケシくんの誘いで「
毛皮族」。ケシくんは10代のころは純朴な万引き犯だったのですがボクがちょっ
と出たりボクの先輩がたがやってたの(文芸坐ル・ピリエとかでやってた)をみた
あたりから演劇好きになってしまい以降10年以上、勝手にチケットが送られてく
る。毛皮は駅前劇場でささめさんが親衛隊長みたいだったとき面白かったナ。きの
うは前半が寒くて寒くてエモジュンやら舞台を壊しはじめたあたりから日がさした。
いつもギリギリで猫ひろしくんみたい、それが加速させる要因なんだな。あとコバ
ケンなるひとは何者だ?、ただただ気になる。またなんでトモロヲさんが毛皮にで
てんの?、そのベテラン俳優のスタンスがただただ面白かった。舞台がはねてボク
らは大久保に狗鍋を食べにいった。狗鍋の店をやろうという話しになったが「ペッ
ト連れOKにしよう」「いやそれはシャレにならないからやめよう」とおわってし
まった。帰って10年以上ブリに高校時代、自主映画を撮ってたときのヒロインか
ら連絡があって正直ビックリした。これは一般論になってしまうが、高校や大学で
映研に属し、自主映画を撮っていた者にとって主角の2人(男女)にはなみなみな
らぬ思いいれがある。単に本で頭のなかでみて、現場でみて、編集でみて、完成し
てみて、上映会のたびにみて、何かあるたびにみて、それを何十回、何百回とくり
かえす青春期。ボクなんか高校以来、撮ってないから10年以上たつとある日とつ
ぜん責任感がやってくる感じ(片山の結婚式のときもそうだった)。撮るひとって
でも元来、片思いがいいわけだから、だから撮るのであって求めるものはない。ひ
とはでも生れて自分いがいのひとをどんだけ好きになれるかチャレンジしてるとこ
あるから、これも一つの方法論としてありだと思う。主角の2人には特殊かもしれ
ないけど同級生なのに我がコみたいな、ふだんのひとづきあいとは別にして(だっ
て手紙とかかえさなかったり、あえて遠ざけたり)自分のなかで養った感覚がある。


 
  月 日

相米慎二監督のデビュー作「翔んだカップル」をみてきた。ボクに
とって「翔んだカップル」は10代のころエビ天というイカ天に対
抗した自主映画番組があって(イチローの奥さんが司会をしてた)、
その審査員をしてた武藤起一さんが「映画愛」という本のなかで「
私は「翔んだカップル」を劇場で6回みた」とかいてあってぜひみ
たい!と当時ツタヤみたく大型レンタル店てなく、映研の後輩と八
王子のレンタル店まで借りにいった記憶がある。そんな青春映画の
金字塔「翔んだカップル」は80年代もっとも活やくした相米監督
が薬師丸ひろ子をみつけたところから始まる(監督と女優の出逢い
ってわくわくしますね、人生でそう何度もあるもんじゃないだろう
し)。この映画やたらとキャストの平均年齢がひくく薬師丸ひろ子
も鶴見辰吾も尾美としのりも成長期でビミョーにコンパクトなのが
笑える。薬師丸ひろ子は玉のよう、ああ10代の俳優さんていいな。
当時はアニメ「まことちゃん」と同時上映で場内を子供たちが走り
回ってるダメだこりゃな公開だったそうですが名作はぷすぷすとな
かなか火が消えないもんですネ。’80年封切(今日の上映はオリ
ジナル版)、九州から上京してきた田代勇介は叔父の留守宅に住む
ことになったが不動産屋に仲介してもらった間借人はなんとクラス
メートの美少女、山葉圭ちゃんだった…。とびきりキュートな思春
期ばくれつムービー。脚本・丸山昇一、東宝キティ・フィルム作品。


 
  月 日

昨年の東京国際映画祭〜アジアの風「八月的故事」の会場で知り合ったDANさん
からDean藤岡さんの情報をいただきました。最近、本人と1小時ほど話したと
ころ台湾ではわりと有名な監督(「深海」の鄭文堂/チェン・ウェンタン)の下で
映画を撮っていたそうです。香港和台湾的公司の共同出資で撮影時からメディアが
ついてまわるようなわりといい映画だそうで10月台湾公開予定、タイトルは「夏
天的尾巴〜夏のしっぽ」だそうです。Deanさんはボクは面識ないですがDAN
さんが香港にいたとき香港でゼロから出発しようとしていたDeanさんと意気投
合、以降、Dean藤岡さんは香港の映画人ヤンヤン・マク(麥婉欣)に見い出さ
れエリック・コ(葛民輝)などと交流、王菲(フェイ・ウォン)の「紅豆〜アカシ
アの実」の曲が印象的な短篇映画「八月的故事」でデビュー、そしてアジア圏でい
ま最も席巻しているアイドルグループF4を見い出した台湾の敏腕プロデューサー、
アンジー・チャイ(柴智屏)にスカウトされ現在は台湾ドラマに出演している。日
本語、英語、北京語、広東語を操る特異な言語感覚と香港や台湾の多彩なクリエイ
ターと交流をもつ1部でたいへん注目されている俳優。妹は日本の女優、藤岡麻美。